日本大百科全書(ニッポニカ) 「中国海警法」の意味・わかりやすい解説
中国海警法
ちゅうごくかいけいほう
中国の海上保安機関にあたる海警局の任務や権限を規定した法律。2020年9月の全国人民代表大会(全人代)常務委員会で立法化が決まり、11月に草案が公表され各界の意見聴取をしたうえで、2021年1月に全人代で採択、同年2月施行された。
中国の国際秩序を無視した近年の海洋進出は、米中のみならず関係国間で物議を醸している。中国の海洋進出の主役は海軍であるが、加えて海洋における法執行機関たる公船や、海洋民兵を乗せた漁船群の行動も見逃せない。「公船」とは、海洋における違法行為を取り締まる海洋警察たる「海警」、貿易・関税部門の密輸などを取り締まる「海関」、海難救助主体の「海巡」、違法漁業取締り指導・監視の「漁政」、海洋監察任務にあたる「海監」があり、これらの法執行を担う五つの公船を中国では「五龍(ごりゅう)」ともよぶ。
「海警」は公船の中心的役割を果たしてきたが、2018年の組織改編で人民武装警察部隊(武警)の隷下に組み込まれ、その武警は国務院の管理下から、解放軍の統帥機関である中央軍事委員会の指揮下に入れられた(2020年6月武警法改定)。したがって体制的には、海警も軍の指揮下に置かれたことになる。
中国海警法のポイントは報道によると、(1)公船の武器使用は主権侵害や攻撃を受けた場合に可能、(2)軍事的任務も執行可能に、(3)人工島も保護対象にする、(4)領海や排他的経済水域(EEZ)、大陸棚で法執行でき、その上空も適応対象にする、(5)管轄する海域や島で外国がつくった建築物の強制撤去も可能、などに要約できる。
法整備のうえで海警船の増強と武装化が急ピッチで進められている。それまでの海警船はせいぜい2000トン級であったが、1万トン級に大型化され、海軍艦艇を移籍させて公船化するなどの措置で遠洋行動ができるようになった。武装も軍艦並みの76ミリメートル砲を装備する船もある。
中国海警法の制定のねらいは、実質的な軍艦を平時には海警、すなわち法執行をつかさどる警察権の機関であると、国際的に言い張る対外的な偽装戦略の一環とも解釈できよう。
尖閣(せんかく)諸島は歴史的、国際法的に日本の固有領土であるにもかかわらず、中国は執拗(しつよう)に領有権を主張している。中国海警法制定までは、中国海警は根拠法なしで尖閣領海内で日本の漁船を追跡するなど海洋の警察権執行をしていたことになる。尖閣海域は、中国のいう第一列島線の要衝になり、同時に日本の重要な防衛正面となるため、南西諸島では与那国(よなぐに)島、石垣島、宮古島に自衛隊の沿岸監視や対艦ミサイルなどの部隊配備が進められている。
また東シナ海のEEZの境界線も、日中両国のEEZ中間線とする日本の主張に対して、中国は大陸棚説にたって沖縄海溝までをEEZと主張している。このように領有海域に問題を残したままの中国海警の武装強化は問題を深刻化させ、日本の安全保障にもやっかいな問題が生ずることが懸念される。
そして島嶼(とうしょ)に上陸して建設物を撤去することなどは、問題を国家主権に絡むものに拡大しないか、また小型無人機(ドローン)が飛行する時代に、中国のいう管轄海域の上空まで海警法の適用範囲にしてしまうという問題もある。
南シナ海では、中国が主張する「九段線」(海上境界線)には国際法上の根拠はないとする2016年のハーグ国際司法裁判所の判決に従わないのみならず、中国外務省が「判決は一片の紙くず」だと評した事例にかんがみても、中国の法治意識には疑念が抱かれる。
日本としては「自由で開かれたインド・大平洋戦略」を主軸に同盟国や準同盟国と一体となって、海洋の安全保障を追求する重要性が増してくる。その観点からも中国海軍の西太平洋進出に海警がどのようにかかわってくるのか、今後とも海警の動向は厳しく注視していく必要がある。
[茅原郁生 2022年5月20日]