コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

中島力造 なかじまりきぞう

3件 の用語解説(中島力造の意味・用語解説を検索)

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

中島力造
なかじまりきぞう

[生]安政5(1858).京都
[没]1918.12.21. 東京
倫理学者。初め同志社英学校に学び,渡米してエール大学を卒業。 1890年に帰国し,帝国大学倫理学講師,続いて教授となる。カント哲学を移植するとともに,T.グリーン自我実現説を祖述した。

本文は出典元の記述の一部を掲載しています。

出典|ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
Copyright (c) 2014 Britannica Japan Co., Ltd. All rights reserved.
それぞれの記述は執筆時点でのもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

中島力造 なかじま-りきぞう

1858-1918 明治-大正時代の倫理学者。
安政5年1月8日生まれ。同志社にまなび,アメリカエール大で哲学博士号をとる。明治25年帝国大学教授。イギリスのT.H.グリーンの新理想主義倫理学を紹介し,またカント哲学研究の必要性をとなえた。大正7年12月21日死去。61歳。丹波福知山(京都府)出身。著作に「輓近(ばんきん)の倫理学」など。

出典|講談社 この辞書の凡例を見る
(C)Kodansha 2015.
書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

中島力造
なかじまりきぞう
(1858―1918)

倫理学者。安政(あんせい)5年1月8日、京都府福知山に誕生。藩校惇明館(じゅんめいかん)、同志社、農学社に学び、渡米してエール大学を卒業。1890年(明治23)に帰国、帝国大学文科大学講師、のち教授(1892)となった。倫理学、心理学などを担当。加藤弘之(かとうひろゆき)らの進化論を批判。またミル、スペンサーなどの功利主義思想が支配的であった当時の思想界に、イギリス新理想主義哲学の代表者T・H・グリーンを精力的に紹介、その自我実現説をもって一大転機をもたらした。カント哲学研究の先駆者としても活躍。新カント学派の雑誌『カント・ステュディーエン』が発行されると、日本におけるその紹介者の役割を果たした。著書に『倫理学十回講義』(1898)、『現今の哲学問題』(1900)、『教育的倫理学講義』(1912)、『最近倫理学説の研究』など。大正7年12月21日没。[尾崎ムゲン]

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ) この辞書の凡例を見る
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの解説は執筆時点のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

中島力造の関連キーワード教師の倫理綱領個人倫理医の倫理河合弘民関宗喜藤井健治郎松井源水(16代)村田惇吉田静致大正時代美術

今日のキーワード

トランスアジア航空

台湾・台北市に本拠を置く航空会社。中国語名は復興航空。1951年、台湾初の民間航空会社として設立。83年に台湾の国産実業グループに経営移管され、組織改編を実施した。92年に国際チャーター便の運航を始め...

続きを読む

コトバンク for iPhone