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中里太郎右衛門(初代) なかざと たろうえもん

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

中里太郎右衛門(初代) なかざと-たろうえもん

?-? 江戸時代前期の陶工。
朝鮮から渡来したとつたえられる。慶長年間(1596-1615)肥前大川野組田代村(佐賀県伊万里(いまり)市)に福本弥作,大島彦右衛門と窯をひらく。のち肥前唐津(からつ)藩の御用陶工となる。現代までつづく唐津焼中里家の祖。名は又七。

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

中里太郎右衛門(初代)

生年:生没年不詳
江戸初期の唐津焼の陶工。名は又七。朝鮮半島から渡来し,福本弥作,大島彦右衛門(尹角清)と共に慶長年間(1596~1615)初期に肥前国大川野組田代村(伊万里市)に開窯。慶長10年ごろ川原村(伊万里市)に移り,元和1(1615)年ごろ椎の峯(伊万里市)に移り,唐津藩(佐賀県)の御用陶工となる。 宝永4(1707)年4代中里太郎右衛門,4代大島弥治兵衛は唐津坊主町(唐津市)に御用窯を築く。享保19(1734)年,5代中里喜平次は藩命により坊主町から唐人町(唐津市)に移って御茶碗窯を開き,唐津藩御茶碗師頭取を勤め,明治4(1871)年の廃藩置県まで藩の御用を勤めたのち民窯として茶陶の伝統を受け継ぐ。

(伊藤嘉章)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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