久石譲(読み)ひさいし じょう

デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

久石譲 ひさいし-じょう

1950- 昭和後期-平成時代の作曲家,編曲家,ピアニスト,指揮者。
昭和25年12月6日生まれ。4歳から鈴木鎮一の才能教育研究会でバイオリンを習いはじめる。大学では作曲を学び,昭和56年アルバム「MKWAJU」でデビュー。59年「風の谷のナウシカ」で初の映画音楽監督をつとめ,以後,宮崎駿(はやお)の「となりのトトロ」「もののけ姫」「千と千尋の神隠し」,北野武の「HANA-BI」や滝田洋二郎の「おくりびと」などを手掛け,日本アカデミー賞最優秀音楽賞,アニー賞最優秀音楽賞,JASRAC賞金賞,ロサンゼルス映画批評家協会賞最優秀音楽賞など数多くの賞を受賞。演奏活動も精力的におこなう。平成2年東芝EMIに移籍,6年パイオニアLDCにてWONDER EASTレーベルを設立。同年演奏集団「JOE'S PLOJECT」を結成。10年長野パラリンピック開会式を総合プロデュース。12年自社レーベルWONDER LAND RECORDSを設立。25年アカデミー会員候補におされる。長野県出身。国立音大卒。本名は藤澤守。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

久石譲
ひさいしじょう
(1950― )

映画音楽作曲家、ピアニスト。長野県生まれ。本名藤沢守。ペンネームの久石譲はクインシー・ジョーンズに漢字をあてはめたもの。幼少より映画音楽作曲家を目指し、国立音楽大学作曲科に入学するもアカデミズム偏重のカリキュラムに反発を覚え、テリー・ライリーの『曲がった大気の虹』(1970)に影響を受けてミニマル・ミュージックの作曲家になることを決意。在学中より作曲、演奏、プロデュース活動を開始し、ライリー作品の日本初演などを行う。卒業後はスタジオ・ミュージシャンとしてテレビ、CM、イベントの音楽を数多く手がけ、1974年(昭和49)から1年半放映されたアニメーション番組『はじめ人間ギャートルズ』の音楽を藤沢守名義で担当。一時期、映画音楽作曲家の佐藤勝のアシスタントも務めた。
 1981年、現代音楽作曲活動の総決算として久石譲アンサンブル名義によるデビュー・アルバム『ムクワジュ』を発表するが注目を浴びず、以後、活動の主体をポップスに移すことを決意し、アンサンブルの活動は休止。翌82年に久石譲ソロ名義でリリースしたアルバム『Information』が注目され、宮崎駿(はやお)監督の新作のために『風の谷のナウシカ イメージアルバム 鳥の人……』(1983)制作を依頼される。同アルバムを高く評価した宮崎監督により『風の谷のナウシカ』(1984)本編全体の作曲担当に指名され、ミニマル・ミュージックや民族音楽の語法を積極的に取りいれながらメロディメーカーとしての才能を開花させ、高い評価を得る。以後、『天空の城ラピュタ』(1986)、『となりのトトロ』(1988)、『魔女の宅急便』(1989)、『紅(くれない)の豚』(1992)、『もののけ姫』(1997)、『千と千尋(ちひろ)の神隠し』(2001)と宮崎監督の全作品を担当、親しみやすい音楽が世代を越えて支持されるに至った。
 『天空の城ラピュタ』以後は日本映画音楽界の第一人者として活躍、とりわけ澤井信一郎(1938― )、大林宣彦(のぶひこ)(1939― )、北野武とのコンビ作が重要である。澤井作品では『Wの悲劇』(1984)、『早春物語』(1985)、『めぞん一刻』(1986)、『恋人たちの時刻(とき)』(1987)、『福澤諭吉』(1991)、『時雨(しぐれ)の記』(1998)で、大林作品では『漂流教室』(1987)、『ふたり』(1991)、『青春デンデケデケデケ』『はるか、ノスタルジィ』(ともに1992)、『水の旅人 侍Kids』(1993)を担当。91年(平成3)、いったんは作曲依頼を辞退した『あの夏、いちばん静かな海。』で北野監督と初めてコンビを組み、以後は『ソナチネ』(1993)、『キッズ・リターン』(1996)、『HANA-BI』(1997)、『菊次郎の夏』(1999)、『BROTHER』(2001)、『Dolls[ドールズ]』(2002)で同監督が得た国際的評価の一翼を担った。
 久石の映画音楽を形づくるのはミニマルを基調としたリズム、叙情味あふれるピアノ・ソロ、スケールの大きいオーケストラの使用である。これらが幼少期から培(つちか)われた豊かな映画体験と渾然(こんぜん)一体となり、劇内容に応じた的確な音楽設計が施されていく。結果、久石の音楽は映像と独立した形でも聴き応えのある魅力を備え、多くの固定ファンを生み出し、映画音楽に対する一般の認識の低さを根底から改めさせる役割を果たした。
 映画音楽作曲活動におけるきわめて早い段階からフェアライト(デジタル・シンセサイザー)を導入し、1985年に自身のレコーディング・スタジオ「ワンダーステーション」をオープンするなど、テクノロジーの応用と音へのこだわりにも独自の姿勢を見せている。映画、テレビ、CMなどの映像音楽以外の音楽活動としては、88年発表の『Piano Stories』、92年発表の『My Lost City』などのアルバムが重要。2000年、約20年ぶりに久石譲アンサンブルを復活させ、ミニマル・ミュージック風の曲をおさめたアルバム『Shoot The Violist~ヴィオリストを撃て~』を発表してミニマル・ミュージックへの関心の深さを改めて示した。2000年以降は、映画音楽録音およびライブ・コンサートにおいて新日本フィルハーモニー管弦楽団を起用することが多く、自作の指揮を披露する機会も増えている。
 作曲、演奏以外の活動として1998年には長野パラリンピック冬季競技大会式典、文化イベントの総合演出を担当。ほかに自身の音大生時代にヒントを得た映画初監督作品『Quartet』(2001)が久石の音楽観を知るうえでも重要。著書に自伝的なエッセイ集『I am』(1992)および自らの体験を下敷きにした小説『パラダイス・ロスト』(1994)がある。『HANA-BI』『菊次郎の夏』などで日本アカデミー最優秀音楽賞、『青春デンデケデケデケ』『千と千尋の神隠し』などで毎日映画コンクール音楽賞を、それぞれ数度にわたり受賞。[前島秀国]
『『I am――遥かなる音楽の道へ』(1992・メディアファクトリー) ▽『パラダイス・ロスト』(1994・パロル舎)』

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