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二塚山遺跡 ふたつかやまいせき

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世界大百科事典 第2版の解説

ふたつかやまいせき【二塚山遺跡】

佐賀県三養基(みやき)郡上峰村堤および神埼郡東脊振村東山にわたって存在する遺跡で,弥生時代前期~後期にかけての墓域全域をほぼ確認できた数少ない埋葬跡である。脊振山地南麓から派生して佐賀平野の中央部へ長く突出する丘陵,通称二塚山のほぼ中央の標高40~50mの一支脈上にあり,約3000m2を占める。1975年2月~76年7月の発掘調査で,甕棺墓159基,土壙墓89基,石棺墓6基,埋葬祭祀跡8ヵ所の遺構が,丘陵の背に沿って長さ140m,幅20mの範囲に時代の変遷のようすを見せながら配置されている。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

二塚山遺跡
ふたつかやまいせき

佐賀県神埼(かんざき)郡吉野ヶ里(よしのがり)町大曲(おおまがり)字松葉と三養基(みやき)郡上峰(かみみね)町堤(つつみ)字五本谷の通称二塚山丘陵上に営まれた弥生(やよい)時代の墳墓群。1975年(昭和50)佐賀県教育委員会により工場団地造成の事前調査が行われ、弥生時代前期から後期にかけての甕棺墓(かめかんぼ)、土壙(どこう)墓と箱式石棺墓など252基と墓地祭祀(さいし)遺構6か所が発見された。墳墓からは漢式鏡、(ぼうせい)鏡計6面をはじめ、鉄製の刀・剣・矛の武器、貝製腕輪、ガラス製管玉(くだたま)、小玉(こだま)などが多数の人骨とともに出土した。人骨は、吉野ヶ里町三津永田(みつながた)遺跡の人骨とともに北部九州・山口型弥生人の典型とされている。また甕棺を含め、副葬品が国や県の重要文化財になっている。墳墓の全域が発掘調査されており、埋葬数・営墓期間から約20人強の集団で約250年間にわたって継続的に営まれたと推定され、当時の社会構成を知る重要な手掛りである。[高島忠平]

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ) この辞書の凡例を見る
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