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井岡山 せいこうざん

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百科事典マイペディアの解説

井岡山【せいこうざん】

中国,江西省西境の中南部にある市。1927年10月毛沢東はここに中国で最初の革命根拠地を建設した。土地革命と農民を組織した武装闘争の基地となり,1928年朱徳,陳毅らの部隊がここで毛沢東と合流した。
→関連項目【かん】西山地江西[省]林彪

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世界大百科事典 第2版の解説

せいこうざん【井岡山 Jǐng gāng shān】

中国,江西省西部,湖南との省境付近の山。また〈山〉を県級行政単位とする全国唯一の例でもある。羅霄(らしよう)山脈の中部にあり,標高1000~1800m。西の湘江流域と東の贛江(かんこう)流域の分水嶺をなす。周囲の平原部との高度差が約500mで,黄洋界など天然の隘路があり,山中には茨坪(しへい)や大井,小井などの山間盆地が発達する。この地形を利用し,1927年毛沢東は最初の農村革命根拠地を築いた。【駒井 正一】

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

井岡山
せいこうざん / チンカンシャン

中国、江西省の西端、湖南省との省境にあり、吉安(きつあん/チーアン)地区級市に属する市(県級クラス)。人口6万0453(2000)。革命聖地として知られる。市名の由来する井岡山は江西省の永新(えいしん)、遂川(すいせん)の2県と湖南省東部の(れいけん/リーシエン)にわたる山地で、省境を南北に走る羅霄(らしょう)山脈のうち万洋山山塊の北部にあたる。標高1500~1700メートル、外側を峻険(しゅんけん)な高山に取り囲まれ、内部は多くの盆地に分かれ、農・林・鉱産資源が豊富である。茨坪(しへい)盆地を中心に、大井、小井、上井、中井、下井などの盆地が存在する。第二次国内革命戦争中の中国共産党中央の指示による秋収蜂起(ほうき)が挫折(ざせつ)したのち、三湾で部隊を再編した毛沢東(もうたくとう/マオツォートン)は、1927年10月部隊を率いて井岡山の天険にこもり、ここに中国革命史上最初の農村革命根拠地を建設した。以後、周辺地区に対する遊撃作戦を行いながら、党の影響を拡大し、貧窮にあえぐ農民に土地を分配し根拠地を固めた。翌28年4月には、南昌(なんしょう/ナンチャン)蜂起以来江西、湖南を転戦してきた朱徳、陳毅(ちんき)の率いる部隊が到着し、中国工農紅軍第四軍を編成、さらに広大な周辺地区を含めた農村革命根拠地をつくり、国民政府軍の包囲攻撃を数次にわたって跳ね返した。しかし29年1月、敵の総攻撃と経済封鎖を避けるため主力部隊は江西省南東から福建省西部にかけての地域へ遊撃戦の場を移し、瑞金(ずいきん/ロイチン)に新根拠地をつくって中国労農ソビエト政府を建設した。井岡山で活動する間に毛沢東は農村革命根拠地に依拠しての革命運動を理論化する論文を発表し、その後の革命路線の方向づけを行った。新中国建設後、記念碑、革命博物館が建設されている。[河野通博]

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世界大百科事典内の井岡山の言及

【根拠地】より

…遊撃戦争において,みずからの勢力を保存・発展させ,敵を消滅・駆逐し,その戦略的任務を達成するための基地。毛沢東の革命戦略思想に基づいて,1927年秋井岡山革命根拠地樹立以後,省境農村地帯に建設された。毛沢東は,このような割拠が可能な条件として,中国が半植民地・半封建社会であるため新旧軍閥の割拠とたえざる内戦が存在することをあげているが,この固有の矛盾を利用して,根拠地によって革命勢力が自己を保存・発展させ,農村革命根拠地をもって長期にわたる戦争を経て都市を包囲する戦略が実行された。…

※「井岡山」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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