交鈔(読み)コウショウ(英語表記)Jiāo chāo

デジタル大辞泉 「交鈔」の意味・読み・例文・類語

こう‐しょう〔カウセウ〕【交×鈔】

中国の代に使用された紙幣の総称。代の交子こうしから発達したもので、明代のものは特に宝鈔ほうしょうという。

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精選版 日本国語大辞典 「交鈔」の意味・読み・例文・類語

こう‐しょうカウセウ【交鈔】

  1. 〘 名詞 〙
  2. 中国の紙幣。宋時代の手形交子)の発達したもので、金・元・明時代の兌換(だかん)紙幣。宝鈔。
    1. [初出の実例]「徽宗の大観元年に交子を改めて銭引とす〈略〉金の世にこれを交鈔と云、鈔の名是におこる」(出典:制度通(1724)一〇)
  3. 転じて、紙幣をいう。
    1. [初出の実例]「又造交鈔」(出典日本外史(1827)七)

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改訂新版 世界大百科事典 「交鈔」の意味・わかりやすい解説

交鈔 (こうしょう)
Jiāo chāo

中国,金・元・明の各王朝で発行,使用された紙幣。明では宝鈔という。鈔は書券,交はつき合わせて真偽を確かめるという意味。宋代の四川では,富豪が組合を作り,現金を預かって交子という約束手形を発行していたが,宋朝はそれを官営化し,制度を整備して紙幣の機能を持たせた。交鈔の起源は,この交子に求められる。紙幣が銅銭に代わって主要通貨となるのは元代からである。この背景には,素材としての銅の涸渇,そしてとりわけ宋以降の都市内における貨幣経済の普遍化,専売制の強化による信用経済の確立などの要因があった。1260年(中統1),銀を鈔本(兌換準備金)に中統元宝交鈔(10文から2貫文までの9種)が発行されたが,運営に当たっては,鈔発行の中央官庁として交鈔提挙司が置かれ,下部機関の抄紙房・印造局でそれぞれ製紙,印造が行われた。このほか銀との兌換や,新鈔と旧鈔との交換のために,各地に交鈔庫(行用庫)や平準庫も設けられた。元朝の初年には,兌換準備銀の確保,発行額の制限,商税・塩課などの徴税による鈔の回収が図られたため,しばらくは順調に機能した。しかし国家財政増大から発行額が膨張すると,貨幣価値はしだいに下落していく。元朝は87年(至元24)に至元通行宝鈔を新造し,中統鈔の平価切り下げ(中統鈔5貫=至元鈔1貫)によって局面を打開しようとするが結局成功せず,不換紙幣化した交鈔はインフレーションを昂進させて元末に至った。続く明も元にならって1375年(洪武8)に大明宝鈔の製造を始めるが,元と違い当初から兌換準備銀を用意せず,不換紙幣として発行した。一方で銀の使用を禁止し,国庫への集中を図ったが,これは当時民間で盛んになりつつあった銀の流通を抑止し,経済界を国家の統制下に置こうとしたものと考えられる。しかし不換紙幣であることもあって価値の維持ができず,逆に民間での銀使用の風潮はいっそう盛んとなった。結局政府もそれを追認したため,明中期以後の中国社会は銀経済にまき込まれ,交鈔もその役割を終えることになる。
貨幣
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日本大百科全書(ニッポニカ) 「交鈔」の意味・わかりやすい解説

交鈔
こうしょう

中国で宋(そう)代におこり、金(きん)、元(げん)、明(みん)と継承され、清(しん)代に衰えた紙幣。明代には宝鈔(ほうしょう)とよんだ。11世紀の初め、四川(しせん)に民間の交換手形として交子(こうし)が現れ、1023年に交子務(こうしむ)が成都に置かれて官営の紙幣となり、1107年から銭引(せんいん)と改称され、ほぼ全国に流通した。交(こう)は交換の意、引(いん)は塩や茶などの証券の用語からおこった。南宋は紙幣を会子(かいし)とよんだが、華北を支配した金(きん)は宋に倣って交鈔を1150年以来発行した。大鈔(たいしょう)は1、2、3、5、10貫、小鈔(しょうしょう)は100、200、300、500、700文、流通期間は7年、章宗(しょうそう)(在位1189~1208)以後はこの期間制限も廃した。金(きん)は、銅資源に乏しく銀を貨幣に多用したが、財政の膨張とともに紙幣を乱発し、額面価値の下落や物価騰貴を招いた。1215年貞祐宝券(ていゆうほうけん)が発行されたころには紙幣1貫は現金1文ほどに下落し、政府は銅銭の流通を禁じたので、銅銭は海外に密輸された。こうして銀が主要貨幣となった。元は金(きん)の制度を受け、1236年以来交鈔を発行した。中統元宝(ちゅうとうげんぽう)交鈔(10文~2貫文)、至元通行(しげんつうこう)宝鈔(5文~2貫文)はその代表である。初めは制度も整い、兌換(だかん)準備の銀錠(ぎんじょう)も豊かで、年間70万錠あまり流通したが、1270年代からインフレとなり、1350年以後は乱発となり、この間、東南アジアやペルシアにも流通した。明も元の制を受け、大明(だいみん)宝鈔(100文~1貫文)を1375年に発行した。これは不換紙幣で銅銭と併用されたが不評であり、紙幣は下落して、銅銭と銀錠が主要な通貨となった。

[斯波義信]

『彭信威著『中国貨幣史』(1965・上海人民出版社)』

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「交鈔」の意味・わかりやすい解説

交鈔
こうしょう
jiao-chao; chiao-ch`ao

中国,宋,の諸王朝で発行使用された紙幣。宋では交抄,交子,会子,銭引などと呼ばれ,金,元では交鈔,明では宝鈔の名が使われ,略して鈔,または抄といわれた。宋では初め約束手形として民間で発行使用されたが,天聖2 (1024) 年に政府が交子務を設けて発行し,兌換にそなえて私造を禁じてから,紙幣としての性格をもった。南宋では会子が発行され,華北が金の支配下に入ると,金では紙幣として交鈔が発行され,元ではこれにならい主要通貨の位置を占めた。中統1 (1260) 年に発行された中統元宝交鈔 (10文~2貫までの9種) では鈔2貫を銀1両にあて,兌換機関の交鈔庫 (行用庫) などがおかれていた。しかし発行額が年々増大し,銀準備の不足で交鈔の下落をきたしたが,元では比較的よく流通していた。明では洪武8 (1375) 年に大明宝鈔 (100文~1貫までの6種) が発行され,銅銭と兼用されたが,宝鈔は当初から不換紙幣であったため,その価格 (鈔1貫=銀1両) を維持することが困難であり,永楽帝のときには多年の外征による乱発でインフレが激化した。これに対し政府は民間の金銀の交易を禁止し,税収入による宝鈔の回収などの処置をとったがその効果がなく,明中期以後は鈔1貫が銀3厘という暴落で,ほとんど無価値となり,政府も民間の銀使用を公認せざるをえなくなった。

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山川 世界史小辞典 改訂新版 「交鈔」の解説

交鈔(こうしょう)

宋,金,元,明朝の紙幣の総称。宋では交抄,交引,交子(こうし)会子(かいし),銭引,金・元では交鈔,明では宝鈔(ほうしょう)と呼ぶ。宋代約束手形として発達した見銭(げんせん)交鈔が,紙幣同様の流通力を持ち,交子,会子に発展し,金ではまったく紙幣となった。元では主要通貨となり,中統元宝交鈔,至元通行宝鈔,至大銀鈔を発行したが,銀の準備不足で暴落し,明の大明宝鈔も不換紙幣となった。

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旺文社世界史事典 三訂版 「交鈔」の解説

交鈔
こうしょう

金・元代の紙幣
宋以後,中国では交子などの紙幣が発達したが,金代でも宋にならって紙幣を発行,これを交鈔と呼んだ。元代にもこの制度は受けつがれたが,特に元ではフビライが交鈔を唯一の通貨としたため,兌換制度も整って広く流通した。元末には,乱発された結果経済混乱をまねき,元崩壊の一因となった。

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百科事典マイペディア 「交鈔」の意味・わかりやすい解説

交鈔【こうしょう】

中国,金・元・明代に発行された紙幣。金では宋にならって紙幣を発行,銅銭の不足を補ったが,乱発されて価値下落を招いた。元では交鈔を唯一の法定通貨として紙幣単本位制を採用したが,ここでも乱発された。明中期以後は銀経済となり,交鈔の役割は終わった。

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世界大百科事典(旧版)内の交鈔の言及

【鈔法】より

… その運用方式を一般的に述べると,鈔引の発行発売に当たっていたのは京師の榷貨務(かくかむ)(中央専売局),入中地は河北・河東・陝西三路の州軍と京師の榷貨務および折中倉(せつちゆうそう),入中したのは見銭(現銭),金銀絹帛,糧草(粟,麦,豆,藁草)で,このいずれを入中させるかは時々の条例で定められていた。三路の州軍で入中を受けると,その品目・価格等を抄記した手形(交抄,交鈔,交引)を交付し,京師榷貨務で見銭を支払うかもしくは鈔引を換給して,その価格を償還していた。榷貨務で支払いに用いられた見銭は,本務に入中された鈔引の代価および本務が兼営する地方州軍支払いの為替取組み(便換(べんかん))の入納銭であった。…

※「交鈔」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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