会子(読み)かいし(英語表記)Kuai-zi; K`uai-tzǔ

百科事典マイペディアの解説

会子【かいし】

中国,代の紙幣。北宋時代は金融業者の手形であったが,南宋では国家発行の紙幣となった。1〜3貫(1貫=1000文=銅銭770文),200〜500文など数種があり,1期3年間に1000万貫を発行。のち乱発されて価値が下落し,財政経済の混乱を招いた。

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世界大百科事典 第2版の解説

かいし【会子 Huì zǐ】

中国,宋代に民間で用いられた手形,またこれにならって南宋政府が発行した紙幣。手形は寄付会子,便銭会子,寄付兌便銭物会子と呼ばれる。〈寄付〉は預ける,〈便銭〉〈兌便〉は兌換,〈会子〉は会(集計)に用いる証票を意味する。名称は異なるが益州の交子と同様の手形である。1161年(紹興31)南宋政府は臨安府の豪商たちが発行していた会子を官営に移して行在会子を発行した。宋金戦争に備えて軍費の支出に必要な通貨の不足を補おうとしたもので,はじめは民間の会子にならって兌換券とし,臨安府や建康府に会子務(兌換場)を置き,もっぱら淮南(わいなん)の軍費に支出したが,軍費の増加によって運営は苦しく,戦後,政府は蓄財を放出して会子を回収し,68年(乾道4)から不換券に改め,発行額行使期限を定めた界制を設け,四川を除く各地で使用させた。

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大辞林 第三版の解説

かいし【会子】

中国、宋代に、大都市の金融業者が発行した手形の一種。南宋では政府がこれを紙幣として発行したが、乱発したため使用されなくなった。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

会子
かいし

中国、南宋(なんそう)のとき政府が発行した紙幣。ただし会子は普通、送金手形や預り手形の意味では北宋時代から大商人や金融業者が発行しており、しだいに紙幣並みに用いられていた。12世紀なかば、こうした会子が南宋の首都の臨安(りんあん)や徽州(きしゅう)で民間に流通していた。1160年、政府はこれを官営とし、官会(かんかい)とか東南会子とよんだ。額面は200、300、500、1000~3000。兌換(だかん)期限(界(かい))は3年、1界で1000万貫を発行。銅版一色刷りであった。会子は四川(しせん)を除く南宋の全領域に広がり、財政赤字の補完に利用されて乱発となり1232年に新旧2界をあわせて3億2900万貫になった。清(しん)朝で為替(かわせ)手形を会票(かいひょう)といったのは会子の影響の名残(なごり)である。[斯波義信]
『加藤繁著「南宋初期に於ける見銭関子と交子及び会子」(『支那経済史考証 下』所収・1953・東洋文庫)』

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世界大百科事典内の会子の言及

【商業】より

…信用証券の類も,少なくとも唐代以後には出現し,約束手形や為替手形あるいは小切手的なものが広く行われた。宋代ではこれらの手形を交子あるいは会子と称したが,その起源は唐代にあったと思われる。清代になると,銀行的業務の発展によって信用証券もいっそう普及して,通常,票と呼ばれた。…

【手形】より

…交子鋪は組合をつくり連帯責任を負った。ほかに会子(かいし),関子(かんし)などの兌換(だかん)券があり,無記名一覧払約束手形として機能した。会,関,交は照合に由来する。…

※「会子」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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