中国,宋代に民間で用いられた手形,またこれにならって宋朝が四川の通貨として発行した紙幣。南宋時代には淮南(わいなん)路でも同名の紙幣が発行された。交子は銭財を交付したことを示す証票という意味の呼称である。中国で手形の利用が盛んになるのは唐代からで,唐の長安には寄附鋪,櫃坊(きぼう)などと呼ばれ,他人の銅銭や金銀絹帛などの貨幣的物貨を預って預り手形を発行する業者がいて,その手形が市中の取引に用いられ,また長安と地方大都市とのあいだの送金為替手形の取組み(便換,便銭,飛銭)も盛んであった。宋代になると寄附鋪は州・県などの都市にも普及し,したがって手形も普及した。特に四川では宋朝の政策で鉄銭が発行されたが,鉄銭は素材価値低く(994年の銅鉄銭の公定比価は1対10),やや大口の取引になると代価を持ち運ぶのは困難で,手形交子が盛んに用いられた。益州(成都)城内では富豪16戸が連名で官許を得て交子鋪を開き,独占的に交子を発行していた。彼らは同じ料紙・文様をもって手形を印造し,現金を預ける顧客があると多少にかかわらずその銭額を手形紙面に記載し各自秘密の屋号を署名して発行し,現金に兌換する者からは毎貫30文の手数料を取っていた。この交子は益州を中心に広く流通し,米・麦・生糸・絹・茶が市場に出るころは特に大量に用いられたが,時に兌換要求が集中し交子鋪がこれに応じきれずに騒動が起こることがあった。こうした事情で,1023年(天聖1)民間の交子発行は禁止され,官営に移された。官印の交子は益州交子務から発行され,額面の単位も固定し,発行額,行使期限を定めて新旧の交子を交換する界制が施行された。この交子は1107年(大観1)に銭引と改称される。なお,中国の紙幣は交鈔のほか元・明・清に流通した宝鈔が知られる。
→会子 →交鈔
執筆者:草野 靖
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…中央政府や地方官庁からの印刷物のほか,私工業としての印刷業が成立するようになった。また紙幣の先駆とされる〈交子〉の印刷が始まるのも宋代からである。 木版印刷が盛行した宋代にはじめて活字印刷の発明が加わった。…
… 信用券の発生は相当古く,すでに9世紀中国唐の憲宗(在位805‐820)時代に民間に送金を目的とする飛銭または便銭と称する手形の使用があった。10世紀宋代には四川の富豪によって発行された交子(こうし)と称せられる一種の約束手形が携帯に不便な鉄銭に代わって通貨として流通したという。ヨーロッパの銀行券の前駆は,預金の付替えを内容とする振替銀行Wechselbank,Girobankの指図書にみられ,イタリア諸都市,オランダ,ハンザ都市などに設定された銀行のそれである。…
…信用証券の類も,少なくとも唐代以後には出現し,約束手形や為替手形あるいは小切手的なものが広く行われた。宋代ではこれらの手形を交子あるいは会子と称したが,その起源は唐代にあったと思われる。清代になると,銀行的業務の発展によって信用証券もいっそう普及して,通常,票と呼ばれた。…
※「交子」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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