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京町堀 きょうまちぼり

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

京町堀
きょうまちぼり

伏見堀とも呼ばれた。現在の大阪市西区にあった堀。江戸時代初期にこの地に移住してきた伏見京町筋の町人により元和3 (1617) 年に開削された掘割り。全長約 1.1km。旧西横堀川と旧百間堀川を結び,商業発展上の貢献度は大きかった。 1955年,第2次世界大戦後の市街地再開発によって埋立てられ,現在は地名にその名を残すだけである。

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世界大百科事典 第2版の解説

きょうまちぼり【京町堀】

大阪市西区にあった堀川。江戸初期に幕府直轄地となった大坂の町づくりの一環として整備された堀川の一つで,西横堀川から分かれて西南西へ流れ,海部堀川を合わせて百間堀川に通じた。延長約1.2km。名称は元和年間(1615‐24)に伏見京町からの移住者によって掘られたことに由来する。江戸期の両岸材木問屋,醬油問屋の倉庫が多く,西部の北岸には雑喉場(ざこば)の魚市場があり,出入りの漁船でにぎわった。1955年に埋め立てられ,現在は京町堀1~3丁目のビジネス街である。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

京町堀
きょうまちぼり

大阪市西区にあった運河。旧西横堀川と旧百間堀を結ぶ長さ1.1キロメートル、幅15メートルの運河で、大坂城落城後入封した松平忠明(ただあきら)による市街地改造計画の一つとして、1617年(元和3)この地に移住してきた伏見(ふしみ)京町筋の町人が開削した。船の出入りが便利なため、江戸時代を通じ雑喉場(ざこば)(魚市場)中心に商活動に寄与した。第二次世界大戦後、防潮堤工事のため埋め立てられ「京町堀川跡」の碑や町名を残すのみである。[樋口節夫]

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