日本大百科全書(ニッポニカ) 「人工気候室」の意味・わかりやすい解説
人工気候室
じんこうきこうしつ
気象や季節に関係が深い病気のメカニズムの解明、診断、治療に利用される医療設備をいう。気管支喘息(ぜんそく)の発作が寒冷前線の通過時に頻発することは、よく知られた事実である。また、季節の移り変わりの時期や、一定の季節になると多発する病気や、症状が悪化する病気のあることも知られている。たとえば冬季に多発するインフルエンザ、肺炎および気管支炎、脳卒中、心筋梗塞(こうそく)などがこれにあたる。気象は、自然環境下で日々刻々に変化するため、発病とその経過を気象に関連づけて明らかにすることはかならずしも容易でない。しかし、人工気候室では、建物の内部に任意の気象をつくりあげることができ、気象と病気との関係の解析が容易となる。日本国内では数か所に人体用人工気候室が設置されており、その設備には差異もあるが、おもな目的は健康人を対象とした生理学的研究である。患者用のものとしては、九州大学生体防御医学研究所の人工気候室があり、温度4~40℃、湿度40~90%、圧力2分の1~2気圧、照度600ルクスの範囲で可変となっている。患者用人工気候室による診断の例としては、寒冷狭心症(寒冷が誘因となっておこる狭心症)、寒冷に敏感な気管支喘息の確診などがあげられる。また、生体に好都合である気象条件の人工気候室内において患者を生活させれば、疼痛(とうつう)や喘息発作を軽減することもできる(気候療法という)。
このような人工気候室による研究の対象は、人間や動物のみならず、植物から昆虫に至るまで、広く生物一般にわたっており、環境の影響を明らかにするための有力な武器となっている。
[矢永尚士]
『日本生物環境調節学会編『生物環境調節ハンドブック』(1973・東京大学出版会)』▽『馬場一雄・小林登編『小児MOOK14 気象医学』(1980・金原出版)』