翻訳|bronchitis
気管支粘膜の炎症によって起こる呼吸器の病気。急性と慢性とがあり,両者は原因も,症状,治療法も異なる。
しばしば風邪(感冒)にともなって起こり,上気道(鼻・咽腔,喉頭)の炎症である風邪症候群が気管や気管支の粘膜に波及して起こることが多い。いわゆる〈風邪をこじらせた〉状態である。咳と痰がおもな症状であり,発熱はしばしばみられるが,ないこともある。X線写真では,肺炎とちがって陰影を生じない。聴診では,痰のからまるプツプツという音や,喘息(ぜんそく)発作に似たヒューヒューという音をきくことがある。原因は種々のウイルスや細菌の感染によるものが多いが,塩素ガスなど化学性刺激ガスの吸入でも起こる。前者の代表的なものは,インフルエンザ(流行性感冒,流感)によるものである。治療は,鎮咳(ちんがい)剤や去痰剤を服用するが,膿のような痰が出て細菌感染が疑われるときは抗生物質が使われる。冬季には,室内を暖かくして,たえず湿度を保ち,乾燥させないようにすることがたいせつである。古くから行われてきた蒸気吸入や,ネブライザーを使って細かな水の粒子を吸入し,気管や気管支を湿らせることも有効である。喫煙者が気管支炎になると,タバコを吸う際むせ込むことがあるが,これは気管支粘膜が炎症のため刺激に対して鋭敏になっているからである。粘膜に不要な刺激を与えないよう,喫煙は控えなければならない。感冒にひきつづく急性気管支炎は,適切な治療を行えば1~2週間で治るものである。発熱が数日以上続くときには,肺炎の合併を疑う必要がある。
この病気は急性気管支炎が慢性化したものではなく,別個のものである。気管支粘膜からの粘液の過剰な分泌を特徴としており,普段から咳,痰が出,とくに冬季に悪化する。1808年にバドハムC.Badhamによって記載されている古い疾患である。イギリスのフレッチャーC.M.Fletcherによって〈1年に3ヵ月以上咳・痰が続き,それが少なくとも2年(2冬)にわたる〉という基準が提唱された(1959)。しかし,このような症状を示す慢性の呼吸器疾患はたくさんあり,とくに慢性閉塞性肺疾患chronic obstructive lung disease(COLDと略す)と呼ばれる一連の疾患には,慢性気管支炎のほか,肺気腫症,気管支喘息,瀰漫(びまん)性汎細気管支炎などが含まれ,いずれも多かれ少なかれ持続性の咳・痰を特徴とする。また気管支拡張症も同様である。したがって,慢性気管支炎の診断は,これらの疾患を除外したとき,はじめてなされる。気管支粘膜の組織像では,気管支分泌腺や粘膜上皮の杯細胞が大きくふくらみ,数を増していることが特徴である。
慢性気管支炎の発生頻度は,日本では,人口の1~3%とされており,男性は女性の約2倍みられ,40歳以上で発病する者が多い。大気汚染地域では発生頻度が高く,慢性気管支炎が〈公害病〉と呼ばれるゆえんである。1952年のロンドンのスモッグ事件とひきつづく患者の増加が,歴史的に有名である。しかし原因は大気汚染以外にもさまざまあり,喫煙や,感染をきっかけとしたものも多い。内的要因としては,加齢や,体質素因とくに慢性副鼻腔炎(いわゆる蓄膿症)があげられる。国によっても発生頻度は異なる。イギリスはアメリカに比べて高い。しかしバローズB.Borrowsらは,同じ患者を両国の専門家が検索して,イギリスの医師は慢性気管支炎の,アメリカの医師は肺気腫症の診断をくだすことが多い傾向のあることを示した(1964)。
慢性気管支炎の患者の痰からは,しばしばインフルエンザ杆菌Haemophilus influenzaeが検出される。しかし急性気管支炎のように,そのことをもってこの病気が細菌感染によって生じたとみなすべきではない。健康人の気管や気管支粘膜には細菌がみられないことが知られているが,慢性気管支炎では,気管支粘膜の繊毛上皮系の障害が起こり,そのために通常では生息することのできない細菌が住むようになったと理解される。つまり,二次的な細菌感染である。通常,発病当初の痰は透明ないし半透明であるが,細菌感染が優勢になると,痰は膿性となり,量を増し,ときに発熱や血沈促進,白血球数の増加など全身的な炎症症状がみられる。このような感染の悪化を繰り返すと気管支の閉塞が強まり,息切れを生じることがある。経過は文字どおり慢性である。感染を繰り返すが,経過は瀰漫性汎細気管支炎などに比べて必ずしも悪くない。
治療としては,原因となる要因の除去,とくに禁煙が重要である。痰など気管支粘膜からの過剰分泌に対する対策として,去痰剤の服用やネブライザーによる吸入療法,水分を多めにとるなど,痰の粘り気を少なくし,出しやすくすることがたいせつである。感染症状が強いときには,とくにインフルエンザ杆菌と肺炎球菌を目標として,抗生物質を使うが,その判断は慎重でなければならない。
執筆者:工藤 翔二
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
咳(せき)と痰(たん)を主症状とする気管支粘膜の炎症で、急性気管支炎と慢性気管支炎に分けられる。
ウイルス感染症、ことに普通感冒やインフルエンザの合併症として発症することが多い。起炎菌としては肺炎球菌、インフルエンザ菌などがよくみられるが、インフルエンザに合併するものではブドウ球菌によることが多い。また、肺結核、急性肺炎、気管支拡張症、喘息(ぜんそく)、麻疹(ましん)、急性扁桃(へんとう)炎などの合併症、続発症としてもみられる。
症状は咳、痰、発熱、胸痛などのほか、原発疾患による症状が加わる。通常は1週間以内に軽快するが、乳児や衰弱した老人では重篤となったり、喫煙者では長引いたりすることがある。激しい咳に対しては鎮咳(ちんがい)剤、喀出(かくしゅつ)困難な痰には去痰剤を用い、膿(のう)性痰には適当な抗生剤を使用する。
[山口智道]
痰を伴った咳が1年間に3か月以上続き、少なくとも2年以上みられるものをいい、気管支拡張症、肺腫瘍(しゅよう)、肺結核などの肺疾患によるものは除外される。病理学的には気管支腺(せん)や粘膜上皮杯細胞の肥大および増生による過剰分泌を伴う気管支の慢性炎症である。
慢性気管支炎はイギリスで大気汚染と関連して重視された疾患で、同国ではこの疾患による死亡率が欧米諸国の5~15倍という高率に達している。原因としては喫煙がもっとも重要で、そのほか大気汚染、塵埃(じんあい)を吸入する職業などがあげられ、遺伝的素因の関与も推察されている。年齢が高くなるとともに、罹患(りかん)率が上昇する。
診断は病歴と臨床所見に基づいて行われる。X線写真は早期ではほとんど異常影を示さないが、進行すれば全肺野に網状影、線状影が現れ、とくに肺下野に小斑点(はんてん)状陰影、索状影、小蜂窩(ほうか)状影などが現れてくる。気管支造影を行うと、肥大した粘液の腺管が造影されて気管支壁の不整がみられる。患者は通常、長年にわたる咳と痰の病歴を有し、しばしば長年の多量喫煙者である。初期には、冬季に起床後まもなく痰を出し、日中はわずかな粘液痰を喀出するのみで、医師に診察を受けることはほとんどない。やがて咳は一年中続くようになり、気管支感染と気管支肺炎が繰り返され、気管支拡張、肺線維症、肺気腫などの病変を合併し、息切れや呼吸困難を訴えるようになる。治療としては、喫煙の中止を強く説得すべきである。感染のある場合には、適切な抗生剤の投与が有効である。禁煙と、汚染環境から遠ざけ、上気道感染を防止すれば、予防可能な疾患である。
近年、慢性気管支炎は、肺気腫とともに慢性閉塞性肺疾患(COPD)として一括して扱われる。
[山口智道]
Chronic Obstructive Pulmonary Diseaseの頭文字をとってCOPDとも称する。有毒な粒子やガスの吸入によって生じた肺の炎症反応に基づく進行性の気流制限を呈する疾患である。有毒な粒子やガスの代表はタバコであり、COPD患者の90%は喫煙歴がある。気流制限は通常進行性で、徐々に呼吸困難を生じる。
慢性気管支炎、肺気腫は、気流制限が起こると、臨床的に鑑別が困難なので、これらを総括してCOPDの疾患名が用いられるようになった。診断には、慢性的な咳、痰、息切れ、喫煙歴などの問診、画像検査とともに、呼吸機能検査が必要である。治療には禁煙が重要で、気管支拡張薬吸入、ステロイドなどが使われる。
[山口智道]
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…これを〈ベニエー痒疹(ようしん)prurigo Besnier〉という。 小児期になると,気管支喘息(ぜんそく)や,喘息のように気管内が狭くなる傾向のある気管支炎(喘息様気管支炎)を合併することがまれでない。そのため,この病気は1928年ころにアトピー性皮膚炎と命名されるまでは,喘息湿疹asthma‐eczemaとも呼ばれていた。…
…ごく少量から1lにも達するものまでさまざまであり,痰に血液が少量混じる程度のものは血痰という。出血部位は喉頭,気管,気管支,肺実質などさまざまであり,気管支拡張症,肺結核,各種の肺炎,肺癌,気管支炎,肺化膿症,肺梗塞(こうそく)などが,鑑別すべき疾患である。気管支拡張症は,全年齢層を通じて喀血,血痰の最も頻度の高いものである。…
※「気管支炎」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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