改訂新版 世界大百科事典 「人類生態学」の意味・わかりやすい解説
人類生態学 (じんるいせいたいがく)
human ecology
比較的下等な生物の個体および集団生活と生息環境との関係の研究において開発された生態学的な思考法,概念,法則性,調査法などを適用して,人間の個体ないし社会集団の生活・行動と環境との動的システムの解明を目ざす学際的科学。しかし統一的科学としての体系化は未成熟であり,それはヒューマン・エコロジーの日本語訳が次のようにいくつかあることにも反映している。人類生態学といえば,自然科学的色彩が強く,生命系ないし生物社会の一員としてのホモ・サピエンスの役割を全自然収支の過程とサイクルの中でとらえようとする種生態学species ecologyの一つとして受け取られるにちがいない。人間生態学という場合には,人間の個性を中心とする個体生態学auto-ecologyから出発する点に特色が認められよう。人文生態学では,人間の社会的・文化的活動に主眼がおかれ,各研究者の立脚する基礎科学の違いによって,社会生態学,文化生態学,経済生態学,政治生態学というように分化する。
ヒューマン・エコロジーという語が使用され始めたのは,1910年ごろからで,社会学の文献に明記されたのは,R.E.パークとE.W.バージェスの共著《社会学という科学への入門》(1921)が最初である。これから,シカゴ学派と呼ばれる社会学者の間で,地域社会の空間組織,大都市地域における住民の階層的住み分け,都市農村共同体(ラーバン・コミュニティ)などに関する実証的研究が盛んになった。ただし,《ヒューマン・エコロジー》と題する最初の書物は,植物学者J.W.ビューズ(1935)の手になり,社会学者によるものは,J.A.クインとA.H.ホーレーによってそれぞれ1950年に刊行された。
社会学とほぼ並行して,地理学者の間でもヒューマン・エコロジーに新しい活路を求める動きが現れた。その旗頭は,やはりシカゴ大学のバローズH.H.Barrows(1877-1960)であって,そのアメリカ地理学会会長演説(1922)が〈ヒューマン・エコロジーとしての地理学〉であった。こうした主張の背景には,主として生物地理学的方法に依存したF.ラッツェル学派の人文地理学の影響のみならず,アメリカのG.P.マーシュ(1801-82)の名著《人間と自然,あるいは人間による自然地理の改変》(1864)において重視された人間の環境に対する積極的な役割,適応現象への関心の高まりがあった。
1960年代に入ると,ヒューマン・エコロジーは,公害問題を中心として発展した環境諸科学と相互補完的に盛んとなり,61年には,G.A.セオドーソンの編集になる《ヒューマン・エコロジーの諸研究》が出版された。また73年にはニューヨークのプレナム社から《ヒューマン・エコロジーの諸研究》という学術雑誌が創刊された。近年,地理学においては,シカゴ学派によって提唱された大都市地域モデルをもとにして,因子生態学やシステム分析法等の応用によるヒューマン・エコシステムの地域構造に関する研究が盛んになってきた。
執筆者:西川 治
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報