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仏哲 ぶってつ

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

仏哲
ぶってつ

林邑国 (ベトナム南部) の僧。仏徹とも書く。インド僧の菩提僊那に伴われて天平8 (736) 年に来日。大安寺サンスクリット語を教え,東大寺大仏開眼供養では楽師をつとめた。菩薩舞,抜頭舞,林邑楽を伝えたといわれる。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

仏哲 ぶってつ

?-? 林邑(りんゆう)(ベトナム)の僧。
インドで菩提僊那(ぼだい-せんな)に師事し,唐(とう)(中国)をへて天平(てんぴょう)8年(736)師とともに来日。大和大安寺に住して,密教典籍と雅楽の林邑楽をつたえた。天平勝宝4年の東大寺大仏開眼供養会に舞楽を奏した。法名は仏徹ともかく。

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大辞林 第三版の解説

ぶってつ【仏哲】

林邑りんゆう国(ベトナム南部)出身の奈良時代の僧。婆羅門僧正に同伴して736年来日。大安寺で梵語を教え、752年の東大寺大仏開眼供養には舞楽を奏した。生没年未詳。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

仏哲
ぶってつ

生没年不詳。仏徹とも書く。8世紀の僧。林邑(りんゆう)国(ベトナム)の人で、南天竺(てんじく)(インド)に入って菩提僊那(ぼだいせんな)に師事し、密呪(みつじゅ)に通じた。中国、唐の開元年間(713~741)に菩提僊那に誘われて入唐(にっとう)し、736年(天平8)菩提僊那および道(どうせん)に同行して来日した。その後、大安寺に住んだが、来日の際、多くの密教典籍と、菩薩(ぼさつ)舞、抜頭(ばとう)舞、林邑楽などを伝えた。東大寺の大仏開眼供養には雅楽の師となり、舞を伝習せしめた。著作に『悉曇章(しったんしょう)』1巻がある。[二葉憲香]

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世界大百科事典内の仏哲の言及

【安摩】より

…《安摩》だけ独立して舞われることはほとんどなく,《二ノ舞》と続けて舞われ,《二ノ舞》は《安摩》の答舞の型となっている。天平のころ,林邑(今のベトナム)の僧仏哲が伝えたものを,承和年間(834‐848)に大戸清上が改作したといわれる。演奏次第は,壱越調調子・音取―乱序(鹿婁(ろくろ)乱序といい,これ以下,笛と打物のみで奏する。…

【雅楽】より

…このころ雅楽大属であった尾張浄足(おわりのきよたり)その他によれば,当時雅楽寮所轄の国風歌舞は久米舞,五節舞,田舞,楯臥舞,筑紫舞,諸県舞の6種目であった(《令集解》《続日本紀》)。このあと736年(天平8)には婆羅門僧正,仏哲らが来日して林邑楽が伝えられ,勅命により,もっぱら大安寺において伝習された(《東大寺要録》)。これが雅楽寮に編入されたのは平安時代,809年(大同4)3月のことである(《令集解》《類聚三代格》)。…

※「仏哲」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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