改訂新版 世界大百科事典 「他我問題」の意味・わかりやすい解説
他我問題 (たがもんだい)
〈他人の心〉をいかにしてわれわれは知りうるかという哲学的問題。例えば,友人と赤の交通信号を見る。そのとき私と友人の赤の感覚は同じだろうか違うだろうか。あるいは,友人はそもそも何かの色を感じているのだろうか。それを直接にテストする方法はありえない。私は友人ではないからである。しかし間接的方法ならある,というのがこの〈他我問題〉での類推説である。赤を見たときの私の行動的反応と友人のそれとがほぼ同じならば友人は私とほぼ同じ感覚をもったと類推できる,というのである。しかしこの類推の当否は直接テストによるほかはない,という点を別にしても問題はもっと深く,他人あるいはミミズが痛みや赤を感じるということの〈意味〉が何であるのかということが問題なのである。その意味さえ明確ならばテストなどは無視して信じればいい。ところが意味不明のことは信じることもできないのである。私は私の痛みしか経験できないとき,絶対経験不可能な他人の痛みということをどう理解しうるかということである。ワトソンをはじめとする心理学的行動主義から示唆をえた哲学的行動主義はこの〈意味〉を行動によって定義しようとした。他人が痛がる行動をする,それが〈彼は痛みを感じている〉ということの意味であると。この定義の下では上のテストは何でもない。彼のふるまいを見さえすればいい。しかしこの定義は日常生活での他人の痛みの意味とは違うとだれしも感じる。家族の痛みは単に行動やふるまいだけではないとわれわれは感じている。この感じている意味を明確に表現することはこれまでだれにもできなかった。それは人間に対するアニミズムなのである。この人間に対するアニミズムを失うとき人は例えば離人症におちいる。結局私が他人になりかわるという想像力において私が他人に心を吹きこむのである。だが私が他人になるとは想像においても一応の矛盾である。しかしこの矛盾をすりぬけて他人は他人でありつつしかも私の分身であるという想像,それが他人を人とし同時に私をも人とするのである。このことを矛盾なしに表現する言葉を今なお人は模索している。
→心
執筆者:大森 荘蔵
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報