日本大百科全書(ニッポニカ) 「アニミズム」の意味・わかりやすい解説
アニミズム
あにみずむ
animism
ラテン語の「気息」とか「霊魂」を意味するアニマanimaに由来する語で、さまざまな霊的存在spiritual beingsへの信仰をいう。霊的存在とは、神霊、精霊、霊魂、生霊、死霊、祖霊、妖精(ようせい)、妖怪などを意味する。
[佐々木宏幹]
霊的存在の特質
霊的存在の典型として霊魂についてみると、それは人間の身体に宿り、これを生かし、その宿り場(身体)から自由に独立して存在しうる実体であるとされることが多い。それは、人間の物質(身体)的側面、機能に対して、精神(人格)的側面、機能を独立の存在としてとらえたものといえる。霊魂は物に宿っている限り、物を生かしているが、物が死滅し去ってもこれを超えて独自に存在し続けるから超自然的存在super-natural beingsともよばれ、通常、不可視的存在であるから霊的spiritualとされ、人間と同じように喜怒哀楽の心意をもつから人格的personalとされる。諸民族において霊魂は、人間にのみ認められているのではなく、動物、植物、自然現象にも認められている。
[佐々木宏幹]
学説
諸生(事)物、諸現象に認められる霊魂群を一括して霊的存在と名づけ、この存在への信仰をアニミズムと規定し、これによって宗教文化の起源と本質を論じたのが、イギリスの人類学者タイラーである。彼によれば、死、病気、恍惚(こうこつ)、幻想とくに夢における経験を反省した最古の人類は、身体から自由に離脱しうる非物質的な実体=霊魂の存在を確信するに至った。人類はこの霊魂の観念を類推的に動植物や自然物に及ぼし、ここにさまざまな霊的存在の観念とそれへの信仰が成立した。したがって霊spiritとは、人間以外の諸存在にみいだされた霊魂にほかならない。精霊観念はのちに進化して諸神や一神の観念を生むに至った。
以上のようなタイラーの学説のうち、霊魂観念が精霊観念の基盤であるとする考えやアニミズムの進化論的解釈は、のち各方面から批判され、今日では問題外とされる。しかし、霊的存在への信仰をもって宗教の本質とする所説は、種々補強されながら今日に継承されている。
[佐々木宏幹]
事例
霊的存在は人間、社会の幸・不幸や他界に関する観念と結び付けて把握されることが多い。沖縄各地では子供の病気や夜泣きはマブイウトシ(魂落とし)に帰され、落とした魂を身に付着させる儀礼が行われる。かつて世界各地にみられた首狩りは、首に内在する霊魂を得ることにより、豊饒(ほうじょう)性を増大させることを目的としたといわれる。死は身体からの霊魂の永久離脱とされるが、死後の霊魂は天上、地上、地下などの他界に赴き、定められたときにこの世を訪れるものと信じられている。生霊(他人に憑(つ)いたり障(さわ)ったりする霊魂)、死霊、動物霊などは、人間に憑いて健康を損なわせるとされる。日本でみられる狐憑(きつねつ)き、ヤコツキ、オサキツキなどは、動物霊憑依(ひょうい)の例である。農耕民の間では穀霊信仰が、漁民においては船霊(ふなだま)信仰がみられる。憑依する霊として知られているものに、タイのピーphi (pii)、ビルマ(ミャンマー)のナットnat、インドネシアのアニートanito、マレーシアのハントゥhantuなどがある。これら霊的存在は超自然力を備えていると信じられ、畏敬(いけい)、畏怖の対象とされる。
[佐々木宏幹]
現代的意義
アニミズムは、人間の霊魂に類似する実体を、人間以外の諸存在にも認めようとする営為である。一般にアニミズムは原始社会や原始宗教の特質であり、現代社会や文明宗教においては、その意義や機能を失うかのように考えられてきた。しかし現代の諸宗教において、霊魂や死霊、祖霊など霊的存在と無関係の宗教はない。仏教、キリスト教、イスラム教においても、その基層部にはアニミズムが脈々として存在する。また神話や文学作品にはアニミズム的観念が色濃くみられる。なおアニミズムは、アニマティズム、シャーマニズム、フェティシズム、トーテミズム、祖先崇拝などと深くかかわっている。
[佐々木宏幹]
『古野清人著『原始宗教の構造と機能』(1971・有隣堂)』▽『タイラー著、比屋根安定訳『原始文化』(1962・誠信書房)』▽『コムストック著、柳川啓一監訳『宗教――原始形態と理論』(1976・東京大学出版会)』