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伊勢佐木町 いせざきちょう

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

伊勢佐木町
いせざきちょう

神奈川県東部,横浜市中区北部の地区。 JR根岸線関内駅の西方にある。外国人向けの元町に対し,日本人向けの高級商店街として発展。第2次世界大戦後,建物や周辺一帯をアメリカ軍に接収されて復興が遅れたが,横浜を代表する繁華街となった。 1961年日本で初めて歩行者天国を実施。

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デジタル大辞泉の解説

いせざき‐ちょう〔‐チヤウ〕【伊勢佐木町】

横浜市中区地名東西に長い繁華街。

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日本の地名がわかる事典の解説

〔地域名〕伊勢佐木町(いせざきちょう)


神奈川県横浜市中区にある地区。
JR根岸線・横浜市営地下鉄関内(かんない)駅の西方にあり、伊勢佐木町通りに沿って西に約1.4km延びる繁華街。「ザキ」の通称がある。同市の代表的な繁華街の一つで、各種専門店・飲食店が軒を連ねている。1~2丁目は「イセザキモール」、3~7丁目は「伊勢佐木町商店街」と呼ばれる商店街。

〔神奈川県〕伊勢佐木町(いせざきちょう)


横浜市中(なか)区の繁華街。JR関内(かんない)駅の西方にあり、西に約1.4km延びる。同市の代表的な繁華街の一つ。デパート・各種専門店・飲食店が軒を連ね、1~4丁目はショッピングモールとなっている。3~7丁目付近は歓楽街

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

伊勢佐木町
いせざきちょう

横浜市中区にある商店街。「ザキ」の愛称で親しまれている。JR根岸線、市営地下鉄関内(かんない)駅の西に東西約1.3キロメートルにわたって続く繁華街。かつてこの通り一帯は大岡川下流の三角州、沼沢地で、江戸前期に江戸の商人(吉田勘兵衛(かんべえ))によって干拓された吉田新田であったが、明治初期にここの伊勢屋文蔵(いせやぶんぞう)と花咲(はなざき)町の佐々木次平が協力して開発にあたったのが町名のおこり。幕末の開港後、関内地区が外人居留地とされていたが、その買い物町として伊勢佐木町が開かれた。関東大震災や第二次世界大戦の戦災を受け、戦後は長くアメリカ軍に接収されていたが、復興し、現在、デパートやレストラン、服飾雑貨など流行の先端を知らせる専門店が集まっている。東入口の吉田橋(日本最初の鉄橋)は幕末に攘夷(じょうい)を唱える武士による外国人襲撃事件が頻発し、その対策として出入者取締りのために設けられた関門の跡である。入口のウェルカムゲートは1999年(平成11)にリニューアルされ、愛称を「ブラントーレ」とした。このゲートをはじめ、街路の交差点にあわせて10基のゲートがあるのもここの町並みの特色。[浅香幸雄]

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世界大百科事典内の伊勢佐木町の言及

【横浜[市]】より


[市街地の展開と繁華街]
 横浜の市街地の形成は関内地区から始まり,古くからの弁天通りや,国鉄横浜駅(現,JR桜木町駅)と港とを結ぶ馬車道に沿って,いわゆる文明開化の先駆けとなった商社が立ち並んだ。その後,大岡川の三角州の水田が埋め立てられて伊勢佐木町が生まれ,横浜一の繁華街となった。〈ザキ〉の名で愛称され,当時東京の銀座と並ぶ東日本の代表的な町並みであった。…

※「伊勢佐木町」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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