日本歴史地名大系 「佐賀城跡」の解説
佐賀城跡
さがじようあと
佐賀城跡
さがじようあと
[現在地名]佐賀町佐賀
佐賀の市街地の東にある南北に細長い丘陵地
光富氏は長宗我部氏の分流といわれ、初め一条氏に属して
城攻城に抜群の働きをしたが、この戦で傷つき元親の命で帰国の途中忠徳島で死去した(土佐国古城略史)。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
佐賀の市街地の東にある南北に細長い丘陵地
光富氏は長宗我部氏の分流といわれ、初め一条氏に属して
城攻城に抜群の働きをしたが、この戦で傷つき元親の命で帰国の途中忠徳島で死去した(土佐国古城略史)。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
《モスクワに遠征したナポレオンが、冬の寒さと雪が原因で敗れたところから》冬の厳しい寒さをいう語。また、寒くて厳しい冬のこと。「冬将軍の訪れ」《季 冬》...
1/16 デジタル大辞泉プラスを更新
1/16 デジタル大辞泉を更新
12/10 小学館の図鑑NEO[新版]魚を追加
10/17 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典を更新
8/22 日本大百科全書(ニッポニカ)を更新