教員が児童生徒に殴る蹴るの暴行を加えたり、長時間の正座をさせ肉体的苦痛を与えたりする行為。学校教育法で禁じられている。大阪市立桜宮高の男子生徒が自殺した問題を受け、文部科学省は2013年3月の通知で/(1)/反抗的な言動をした生徒の〓(順の川が峡の旧字体のツクリ)を平手打ちする/(2)/注意を聞かない生徒にボールペンを投げつける―などの具体例を示した。居残りをさせる、〓(口ヘンに七)るなどの行為は許される指導としている。
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出典 共同通信社 共同通信ニュース用語解説共同通信ニュース用語解説について 情報
体罰とは、1948年(昭和23)の法務庁法務長官通達「懲戒の程度」によると、「身体に対する侵害、被罰者に肉体的苦痛を与えるような懲戒」のこととされている。英語でも「身体的懲戒」にあたるphysical punishmentあるいはcorporal punishmentの用語が用いられる。日本の学校では体罰は学校教育法で明確に禁止されている。体罰を行使する教師は懲戒の対象となり、かつ刑法上の責任を問われることが少なくない。
[二宮 皓]
かつてヨーロッパの国々では、「学校へ行くこと」と「むち打たれること」は同義であるといわれていた。体罰の方法は杖(つえ)やむち、平手打ちなど過酷なものが多く、打撲傷や出血を伴うのが普通であり、なかには死に至るものもあった。ヨーロッパの教育の歴史において、体罰に反対する声はほとんどなく、ペスタロッチやルソーなどでさえも体罰を容認していた。体罰の思想的背景として、『旧約聖書』の思想やカルビニストたちに代表される原罪思想(神の掟(おきて)に背いた人間は堕落し、悪魔の支配を受けるようになったという思想)がある。この思想の下に、子供の矯正の手段として体罰などが正当化されてきたのである。また日本でも、一般的には体罰が広く行われていた。このように、体罰とは世界の歴史のなかで、子供を矯正し、しつける、重要で有効な手段として広く用いられてきた両刃(もろは)の剣である。
[二宮 皓]
こうしたキリスト教的思想背景をもつ体罰の伝統を受け継ぎ、現在でも体罰が容認されているのが、イギリスとその旧植民地諸国である。またテキサス州をはじめとするアメリカ南部の多くの州でも、体罰は認められている。体罰の方法としては、一般にむちやパドルpaddle(体罰板)で生徒の尻(しり)や手を打つ方法がとられている。
これに対してフランス、ドイツ、スペイン、ポルトガルなどのヨーロッパ大陸諸国、その植民地であった中南米諸国の学校、アメリカでもニュージャージー州をはじめとする北部の州では体罰が禁止されている。これらの諸国でも体罰は古くから行われていたが、19世紀後半以来の人権思想やヒューマニズム的教育思想の高まりに伴い、しだいに体罰を禁止し、今日に至っている。そのほか、イスラム教の諸国、イスラエル、中国などでも体罰は禁止されている。
[二宮 皓]
日本では、世界的にまだ体罰禁止規定の珍しかった、1879年(明治12)の教育令(第46条)により禁止されて以来、第一次、第二次世界大戦中を含め、現在まで一貫して教育上の体罰は禁じられている。1900年(明治33)の小学校令(第47条)では、体罰を禁止する一方、懲戒を認める記述が規定され、現行の学校教育法(第11条)でも同様な見解が引き継がれている。
1948年(昭和23)の通達「懲戒の程度」に続き、法務庁は49年に通達「生徒に対する体罰禁止に関する教師の心得」で、用便に行かせないこと、遅刻した生徒を教室に入れないことなどを体罰として禁じ、放課後残すこと、掃除当番などの回数を多くすることなどは懲戒として認められるとした。
1960年代以降、校内暴力の増加に伴って、教師の「愛のむち」「教育愛」としての体罰をめぐる議論が盛んであったが、1981年4月の東京高裁での体罰に関する逆転判決において「社会通念上許される程度の軽微な力の行使は、教師に認められている懲戒権の範囲内の行為であり、体罰には該当しない」という見解が示された。その後、95年(平成7)の東京地裁の判決では、体罰が禁止されていることが改めて確認され、2000年(平成12)1月の神戸地裁では体罰と生徒の自殺の関連を認め、「安全配慮義務違反」として市の責任を認める判決を下した。
なお、体罰の発生件数については、文部省(現文部科学省)の調べによると、1998年(平成10)に体罰の可能性があるとして事実関係の調査が行われた件数は1010件、実際に体罰事件が発生した学校は833校となっている。
[二宮 皓]
以上のように体罰に関する見方は、それぞれの国の人間観や教育観、時代の思想を反映してさまざまである。そして現在でも体罰をめぐる是非(価値判断)、教育上の効果(生徒指導論)、どこまでが懲戒でどこからが体罰か(体罰の定義と基準)など、多くの意見の相違がある。また、文部科学省の家庭教育に関する文脈で語られる「しつけ」との関係や、子どもの権利条約(第19条)で言及されている「身体的若(も)しくは精神的な暴力」に該当するか否かなど、いっこうになくならない教師や親による体罰の現状も含め、教育と体罰は常に切り離せないことがらであるといえる。
[二宮 皓]
『ミシェル・フーコー著、田村俶訳『監獄の誕生』(1977・新潮社)』▽『沖原豊著『体罰』(1980・第一法規出版)』▽『江森一郎著『体罰の社会史』(1989・新曜社)』▽『牧柾名・今橋盛勝・林量俶・寺崎弘昭編著『懲戒・体罰の法制と実態』(1992・学陽書房)』▽『坂本秀夫著『体罰の研究』(1995・三一書房)』▽『藤田昌士編『生活の指導と懲戒・体罰』(1996・東京法令出版)』
一定の教育目的をもって,子どもに加えられる肉体的苦痛をともなう懲戒のこと。体罰は,一定の苦痛を与えることによって,好ましくないと考えられる行為を抑制することを目的とするが,子どもの側から考えると,一定の行為をするかしないかの選択が,その行為に価値があるかないかという観点からではなく,肉体的苦痛を受けるか否かに左右されることになる。したがって,体罰は子どもの主体的な判断による積極的な行為を誘発しないばかりでなく,体罰を加えた者との間に好ましい人間関係をつくりあげることを妨げるおそれすらある。ヨーロッパではギリシア・ローマ時代から,体罰は教育的効果があると信じられ,むちなどが体罰の道具として広く使用されてきた。体罰に対する批判も古くからあり,J.A.コメニウス,J.J.ルソー,J.F.ヘルバルトなどは体罰に反対した。19世紀から20世紀にかけて,体罰に対する批判・反対論などが一般的なものになってきて,多くの国では法律的にも禁止されるようになった。スウェーデンでは,1979年にあらゆる体罰を禁止する法律が制定された。しかし,アメリカの大部分の州やイギリスなどでは,一定の限定つきながら体罰が容認されているのが現状である。
日本では,近代的な学校制度発足直後の1879年の教育令において,〈凡学校ニ於テハ生徒ニ体罰(殴(う)チ或ハ縛スル類)ヲ加フヘカラス〉(46条)と規定し,学校での体罰を禁止した。これは諸外国と比較して早い時期に当たり,歴史的にみても画期的なことといえる。これ以来,今日に至るまで,学校では体罰が禁止されているといってよい。すなわち,この体罰禁止規定は85年の改正教育令では消えたが,90年の小学校令で復活し,1900年の小学校令では,〈小学校長及教員ハ教育上必要ト認メタルトキハ児童ニ懲戒ヲ加フルコトヲ得 但体罰ヲ加フルコトヲ得ス〉(47条)と規定された。このように懲戒権との関連で体罰禁止をうたう規定のしかたは,その後国民学校令(1941)にひきつがれ,第2次大戦後の学校教育法にも取り入れられて今日に至っている。ただし,禁止されている体罰の内容は,一義的にこれを定めることは困難である。この点に関する法務庁見解〈児童懲戒権の限界について〉(1948.12.22)によれば,禁止されている〈体罰〉とは,懲戒の内容が〈身体的性質のもの〉とされるが,〈肉体的苦痛を与えるような懲戒〉もこれに含むと考えられている。具体的には,(1)なぐる・けるの類,(2)端座・直立等,特定の姿勢を長時間にわたって保持させるような懲戒(この場合,児童の年齢・健康,場所,時間等の条件により,許容される場合もある),(3)用便を許さないとか,食事時間を過ぎても長く留めおくこと,などが例示されている。このように体罰は,日本の学校では戦前・戦後を通して法制上禁止されてきたが,現実は必ずしもそのとおりではない。たてまえと異なり,戦前,とくに戦中においては,体罰が横行していたといって過言ではなかった。今日でも,一部には体罰禁止規定の削除を求める意見もあるが,戦後教育法制における体罰禁止の意味は,なによりも子どもの基本的人権を尊重するという考え方に立つと同時に,教師が物理的強制力を背景として威嚇的な教育を行うのではなく,高い教育的専門性にうらづけられた教育方法を採用することにより,教育的効果を高めていくことを期待しているのである。学校における〈管理教育〉が問題となった1980年代,学校現場で依然として横行する体罰に対し,父母・住民・市民などからの批判が全国各地で起こってきた。そして日本弁護士連合会や法務省人権擁護局も子どもの人権擁護・尊重の取り組みを始めた。ちょうどそうした時期に,国連で〈子どもの最善の利益〉の保障をうたう子どもの権利条約(1989)が採択され,日本における批准・発効(1994)をきっかけとして,体罰問題があらためて子どもの人権保障の観点から,教育関係者のみならず広く国民の間で考えられるようになってきた。
執筆者:浪本 勝年
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