改訂新版 世界大百科事典 「俠客春雨傘」の意味・わかりやすい解説
俠客春雨傘 (きょうかくはるさめがさ)
戯曲。〈おとこだてはるさめがさ〉ともいう。福地桜痴作。1897年4月東京歌舞伎座初演。大口屋暁雨を9世市川団十郎,逸見鉄心斎を初世市川猿之助(のちの2世段四郎),傾城薄雲を2世市川女寅(のちの6世門之助),傾城葛城を4世中村福助(のちの5世歌右衛門)ほか。桜痴自作の《小説春雨傘》を団十郎のために脚色したもので,江戸十八大通の一人大口屋暁雨をモデルにしている。通称を《実録の助六》というように〈助六物〉の一つで,時代物に定評のあった団十郎が,この作品の上演で世話物にも腕のあるのを立証した。武士の無謀から札差(ふださし)稼業を捨てて俠客になり,女嫌いの遊び好きとして俠気を発揮する暁雨の活躍と,お鶴のちの薄雲太夫の敵討を中心に組まれた6幕物である。この作品が独自の意義を持つのは,暁雨と対立する町奴(まちやつこ)の釣鐘庄兵衛が,実は被差別部落の出身だという設定にある。暁雨はそれを知りつつ盃を交わし,〈此世界に生まれた人間,何の変りがあるものか,それに差別を立てたのは此世の中の得手勝手〉というが,ここには桜痴のいささかの新時代への認識がある。ただし,ここでは暁雨の俠気を引き立てるための〈趣向〉の域を出ていない。しかし差別問題への言及が散見されるほぼ同時代の新派脚本とともに,本格的な部落解放運動への演劇的なさきがけになったことは,注目すべきであろう。
→助六
執筆者:大笹 吉雄
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報