最新 心理学事典 「偶発学習」の解説
ぐうはつがくしゅう
偶発学習
incidental learning
クレイクCraik,F.I.M.とロックハートLockhart,R.S.(1972)は,記銘材料に対する情報処理の水準(深さ)が記憶成績を左右するとする処理水準説を唱えた。この処理水準説に基づいて偶発記憶と処理水準の関係が研究されている。クレイクとタルビングTulving,E.(1975)は,単語(ターゲット)を提示する前に,方向づけ課題としてその単語についての質問を提示し,ターゲットに対する処理水準を操作した。質問は3種類あり,実験参加者に「はい」か「いいえ」の判断を求めた。質問の一つはターゲットが大文字で書かれているか尋ねるもので,これは文字の形態的処理を求める最も浅い処理水準の質問である。もう一つは,ターゲットが事前に指定する単語と韻を踏んでいるか質問するもので,音韻的処理を求めるものである。残りの一つの質問は,最も深い処理水準の質問であった。すなわち,そのターゲットがターゲット提示前に提示される文章に挿入できるか質問するものであり,意味的な処理水準である。いずれの質問もターゲットの記憶を直接求める課題ではなく,また実験参加者には,回答の正確さと速さを測定する課題であると教示し,記憶実験であることは知らせていない。したがってターゲットの提示後,実験参加者に予期しないターゲットの保持テストを実施したことになる。実験の結果,処理水準が深くなるに従い再認成績が良くなった。つまり,偶発学習においては,入力情報に対して,より深く,より意味的な処理がなされるほど,その情報の記憶成績は良くなるのである。
偶発学習と類似した概念に,外界の複雑な構造を無意識的に学習する潜在学習implicit learningがある。潜在学習の結果として生じる潜在記憶implicit memoryは,過去にそのことを経験したという想起の意識を伴わずに,行動や判断に影響を及ぼす記憶である。これに対し偶発記憶には過去経験の想起を伴う場合もあるため,これらは別ものと考えられている。また,偶発学習と潜在学習は,意図なしに学習が成立する点では類似しているが,潜在学習では意識的で明確な想起を伴わない点で偶発学習とは異なる。 →符号化
〔岡 直樹〕
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