今日の知見では、記憶は1000分の1秒単位で測られる瞬時の感覚的記憶すなわち直接記憶immediate memoryと、記銘後、復唱を許す程度の比較的短時間保持される短期記憶short term memoryと、長期にわたり永続的に保持される長期記憶long term memoryとに3区分して研究されている。
短期記憶の容量は、記銘項目の単位に規定される。たとえば数個の数字を連絡なく個々に記銘しても、想起する保持量は少ないが、年号とか有意味な言語に置き換えて記銘すれば、多くの数字を想起しうる。このようなまとまりのある結合単位はチャンクchunkといい、チャンクの数が保持量を示すことになる。記銘項目の復唱は保持に有効で、この機会をなくすと急速に保持量は低下する。たとえば、無意味綴(つづ)りの記銘後、3桁(けた)の数字236を233、230、というように3の差で数列を後ろ向きに数えさせ、記銘項目の自然の復唱を妨害したところ、18秒で90%を消失したという実験もある。また、短期記憶の記銘系列が長いほど想起に時間を要することが、数字系列の再認を検討した実験で明らかにされている。この際、記銘数字の有無の判断がいずれも同様な再認時間の経過を示したので、想起の検索過程が並列的に行われるのでなく、直列的に行われ、また、項目の照合が有無に関係なくことごとく尽くされるとして、この過程を悉皆(しっかい)直列検索exhaustive serial searchという主張もある。
記憶に関して伝統的な研究法があり、記銘に関して、系列予言法serial anticipation methodと、対(つい)連合法parallel association methodとが用いられる。前者はアイウエオ順に並べた人名簿の名前を次々に照合しながら覚えるように、一定の順序の項目を記銘、想起させる場合であり、後者は外国語を辞書を引いて確かめながら覚えるように、1対の項目の系列を、次々に一方を覆って他方を想起させる場合である。これらの方法で、系列の中間に位置する項目が、両端に比して想起しがたいことが確かめられている。記銘項目のなかに異質の項目があると、これが目だって保持されやすいこと、また、有意味語の記銘系列では、無作為な配列から語と語の自然の連なりを逐次増加させ、完全な文章に近づけるほど想起量が多くなること、などが確かめられている。
人間の記憶は,(1)時間・空間的に定位された個人の生活史的記憶,(2)社会的できごとの記憶,(3)一般常識的事柄を含む抽象的・概念的知識としての記憶に分類でき,広義には認知や運動機能の学習的記憶も含むと考えられる。また記憶機能は記銘(覚える),保持(貯蔵する),想起に大別され,これらは意識,知覚,知能,意欲などの心的機能に支えられている。この記憶機能がそこなわれる記憶障害のおもな原因は意識障害と知能障害および各種の精神病である。記銘力はできごとを短時間後に再生できること(短期記憶short term memory)により,保持は長時間後の想起(長期記憶long term memory)により間接的に知りうる。実際には記銘,保持,想起が組み合わされて障害されることが多いが,ここでは便宜的に各機能に区分して略述する。
【想起と記憶の再構成】 記憶の想起の特徴は,それが能動的であり,結果的に,再構成過程reconstruction processからなるというところにある。知覚においても,過去経験や期待によって能動的でトップダウン的な処理が影響を及ぼすが,このことはとくに記憶において顕著である。バートレットBartlett,F.C.(1932)によれば,われわれが想起するのは,過去の出来事についての具体的な経験そのものではなく,その全般的な主題であって,想起を試みる場合には,そうした主題やスキーマに一致する事柄によって細部を補うことになる。再構成過程とは,不十分な記憶を補完するこのような過程を指す。スキーマschemaとは,経験の積み重ねによって形成された知識の構造あるいは認知的な枠組みのことであり,これは,これまでの経験から逸脱しない日常的な生活においてはうまく機能し,再構成過程を有効なものとする。スキーマの存在によって,われわれの認知システムは膨大な情報を過重に負荷なく処理することができるのである。その一方で,スキーマに一致しない情報は,スキーマに適合するように変容することが多い。バートレットは,イギリスの大学生に,なじみのない物語を2回,自己ペースで読ませ,さまざまな保持期間をはさんで繰り返し何度も再生を求めた。この反復再生の結果,一貫した傾向として,文章が短くなることなどに加え,超自然的でイギリス人の期待に合わないものは変容することがわかった。たとえば,「黒いものが口から出てきたsomething black came out of his mouth」は,「口から泡を吹いたfoamed at the mouth」へ変容する。スキーマや知識,先入観に基づいた記憶の変容は,目撃者の証言における記憶の歪みや偽りの記憶といった現象にも見られる。 →記憶の進化 →スキーマ →知識 →日常記憶 →符号化 →プライミング効果
〔齊藤 智〕