元代美術(読み)げんだいびじゅつ

改訂新版 世界大百科事典 「元代美術」の意味・わかりやすい解説

元代美術 (げんだいびじゅつ)

塞外よりおこったモンゴル族に支配された元時代(1271-1368)約100年は,美術の各分野に,前代相違したさまざまな変化が現れた時期である。書画の世界に登場する復古主義,工芸とくに陶磁器の分野に出現する青花(染付),五彩(赤絵)などに代表される器形・装飾両面での新たな動向などは,その顕著な例である。しかし,この時代の美術のとらえ方が,書画では〈宋元〉,工芸では〈明清〉とひとくくりにされるように,各ジャンルは,その顔を別の方向に向けていると考えられている。前者が以前の時代と強くかかわりながら,それを変革したことに特色が認められるとすれば,後者は後続する時代に完成する器形や装飾の基本を作りだした時期として目だっているのである。元時代が書画の領域が復古主義の時代,工芸のそれが過渡的な時代と呼ばれるゆえんである。

書画のジャンルに出現する復古主義は,この時代のはじめに登場する趙孟頫(ちようもうふ)によって方向づけられた。ただその性格は,書法と絵画では現れ方に微妙な相違がある。趙孟頫は書の理想を晋の王羲之に定め,その典型を守ることにつとめた。それは,あまりに個性的であった宋代の書風に対する反省に裏打ちされている。彼の伝統に根ざしたこのスタイルは,異民族の支配に圧迫されていた漢民族の士人たちの気風に合致して,元一代をふうびすることになる。鮮于枢(1256-1301),鄧文原(1258-1328),虞集,柯九思(1290-1343)などはこの流れの中の有名な書家であり,またその影響は,西域の遊牧民族出身の康里子山にも及んでいる。しかし,彼らの書はともすれば伝統的で,守旧的なものが多く,芸術的創作としては欠けているところがある。

 これに対して,絵画の分野での復古の目標は北宋時代におかれた。すなわち,山水画においては,董源,巨然,李成,郭熙,二米(米芾(べいふつ),米友仁)であり,人物画では李公麟の白描画が学ばれ,そのほか墨竹墨蘭などの文人墨戯がその目標となった。元時代は翰林図画院の制度をもうけず,この時代の絵画の担い手は文人画家たちであったが,この方向は彼らに支持され継承される。人物画における王振鵬や張渥などの白描画風,墨竹,墨梅,墨蘭などの盛行,銭選,王淵の花鳥画は,すべて趙孟頫に様式的につながるものではないが,上述のような北宋再認識の風潮に刺激されたものである。しかし,絵画に現れた復古主義は,特に山水画に顕著に現れているように,書法のそれとは違っている。それは革新を内に含んだ復古であって,趙孟頫は北宋の様式や描法を再現したのではなく,それをまったく異なった非自然主義的な様式に作りかえたのである。彼の代表的な作品《鵲華秋色図巻》(台北故宮博物院)は,董源を学んだものであるが,ここに見られる空気や光の表現を拒否した,平面的で抽象的な画面は,董源はもとより,北宋時代のものとは対照的であり,彼の意図した復古主義のスタイルをよく示している。こうした画風は,彼とほぼ同じころ活躍した銭選,高克恭,李衎(りかん)(1245-1320)などの文人画家にもニュアンスの差異はあるものの共通して現れているものでもある。元初に作りだされた,この復古の顔をした非自然主義は,とくに山水画に影響が強く現れている。朱徳潤,唐棣,曹知白ら次の世代の山水画家たちの作品はその例証であるし,それ以外の人物画,花鳥画の中にも,この傾向は顔をだしている。

 ところで,元時代も末期になると,張雨,楊維楨などの書に,趙孟頫の典型主義に反抗する個性的な書風が現れてくるが,同様に絵画の分野でも,黄公望,呉鎮,倪瓚(げいさん),王蒙の元末四大家が登場し,復古主義とは異なった新しい画風を作りだす。彼らの画風はそれぞれ個性的であるが,共通して,従来の様式にとらわれず,自己の自然観察にもとづいて,新鮮なイメージを作りだした。彼らの作品は次の時代に大きな影響を与える。その意味で彼らは〈宋元〉という枠からはみだした個性である。その他,この時代の書画の分野でつけ加えておかなければならないものに,禅僧のそれがある。しかし,それらは宋代にもっていた独自な性格を失って,文人の風を学ぶ傾向が強い。古林清茂,了庵清欲,楚石梵琦らの書に趙孟頫の影響が現れているのや,雪窓の蘭や,子庭の枯木に文人の風があるのはその例である。ただわずかに,中峰明本の書や因陀羅の絵に禅僧風の破格さが認められるにすぎない。

工芸のジャンルをみると,漆工芸,金属器,染織などでは,最近の発掘によって,制作期のたしかな遺品が増加しつつあるものの,まだこの時代特有の性格を考えるほどには活動の実体は明らかではない。しかし,おおよそこの時代は,宋代にはじまるさまざまな技法の基礎がたしかなものとなり,明・清時代の発展の基を作りだしたと考えられている。そうした中で,もっとも力強い展開をみせたのは陶磁器の分野である。そこでは前代の抽象的な形の美しさをねらった器形から,安定のよい実用的なそれへの変化,単一の釉薬を使用した装飾の少ない器面から,青花(染付),五彩(赤絵),釉裏紅などの絵画的な器面装飾へと,器形,装飾の両面での大きな変革がおこる。これが,元時代を宋代のたんなる後継の時期ではなく,新たな時代の幕あけと認識させる理由である。そして,これらを作りだした景徳鎮は,各地の窯を圧倒して,中国最大の陶磁制作地となる。しかし,これらの器形や装飾の変革は,次の明時代にいたって,より完成した成果に達するものであって,その意味でこの時代が,次代の飛躍を準備した過渡的な時代と呼ばれるのである。従来元時代の美術は,書画では前代のエピゴーネン,工芸では次代に完成するスタイルの未完成なものとして考えられてきた。しかし,この時代の積極的な意味や独自性が注目されだしたのは比較的近年のことである。今後この傾向はより進展するものと思われる。
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出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報

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