改訂新版 世界大百科事典 「増感色素」の意味・わかりやすい解説
増感色素 (ぞうかんしきそ)
sensitizing dye
ハロゲン化銀写真乳剤や電子写真感光層の感光波長域を広げる目的で使う色素。写真フィルムの感光物質として使う臭化銀,塩化銀,あるいは電子写真の感光物質に使う酸化亜鉛などは,単独では可視域の短波長の光,すなわち青い光には感光するが,長波長の黄や赤の色光には感光しない。一般写真撮影の場合に写真フィルムが青の光にしか感光しないならば,黒白写真においても不自然な感じの写真ができ,カラー写真の色再現は不可能になる。写真乳剤にある種の色素を加えると乳剤が長波長の光にも感光するようになることは,1873年ドイツのフォーゲルHermann Wilhelm Vogel(1834-98)によって発見された。このようにして乳剤の感光する色光の領域を広げることを分光増感,あるいはスペクトル増感spectral sensitizationというが,分光増感の発見によって青から黄の色光に感ずるオルソ乾板,オルソフィルム,また可視域全般に感ずるパンクロ材料が製造されるようになった。
写真乳剤の分光増感に使われる色素でもっとも重要なものはシアニン色素である。シアニン色素の化学構造は次の一般式で表される。
この式でY,Y′はO,S,Se,N,CH=CHなどを表し,R1,R2はアルキル基,nは0,1,2などの整数を表す。すなわち,シアニン色素は複素環構造をメチン鎖で結合した構造をもち,メチン鎖が長くなるほど吸収極大波長が長波長に移り,分光増感の波長域も長波側になる。上式でnが2,あるいは3以上になると赤や赤外の波長に増感する色素が得られるが,メチン鎖の長い色素は化学的に不安定になって実用上支障をきたす。したがって写真乳剤をこの方法で長波長の赤外線に対して分光増感するには限界があり,1000nm以上の波長による赤外線写真は困難である。
写真乳剤を分光増感するには乳剤に色素溶液を加えて色素をハロゲン化銀結晶に吸着させるが,ハロゲン化銀結晶表面の1/2~1/3を色素で覆う状態にすると増感効果が大きい。過剰の色素を乳剤に加えると,減感を起こしたりかぶりの原因になる。増感色素によって分光増感が起こる機構は種々研究されており,露光に際して色素が固有の波長の光を吸収して高いエネルギー状態となり,このエネルギーがハロゲン化銀結晶に伝えられてハロゲン化銀結晶中に自由電子を作って潜像の形成へ進むと考えられる。色素からハロゲン化銀へエネルギーが伝えられる機構は,電子の伝達によるかエネルギーの共鳴によるか議論が分かれるが,色素は感光の過程で何回も反復して増感過程に関与することが認められている。分光増感において,ある種の色素を2種類組み合わせて用いるか,色素と他の化合物を併用して分光感度を強化することができ,この現象を強色増感supersensitizationといって広く利用されている。
→増感
執筆者:友田 冝忠
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報