全日本建設交運一般労働組合(読み)ぜんにほんけんせつこううんいっぱんろうどうくみあい

日本大百科全書(ニッポニカ) の解説

全日本建設交運一般労働組合
ぜんにほんけんせつこううんいっぱんろうどうくみあい

建設、交通・運輸農林、自治体関連および一般の労働者で組織する労働組合。略称建交労。組合員数公称3万人(2011年3月時点)。全国労働組合総連合全労連)加盟組合。国連NGOの承認団体。

[大野喜美・川崎忠文・早川征一郎]

沿革

1947年(昭和22)6月に結成された全日本土建一般労働組合(全日土建)は、1952年6月に職人部が分離・独立して土建総連(全国建設労働組合総連合前身)を結成したのに伴い、1953年9月に全日本自由労働組合(全日自労)と改称した。その際、全日自労は自らを「職安自由労働者を中心にあらゆる日雇労働者で構成する組織」と規定し、1949年制定の緊急失業対策法に基づく全国各地の失業対策事業就労者を中心とする日雇労働者の全国組織として、職よこせ運動、完全就労要求、夏季・年末手当支給要求、最低賃金制確立など多面的な活動を進めた。全日自労は1960年代の初めには20万人を超す組合員を擁していたが、失業対策事業の縮小・廃止に向けた1963年、1971年、1980年の制度「改悪」により組織人員は減少した。この間、失業対策事業の存続活用と再確立、建設労働者、清掃・ビルメンテナンス労働者、港湾・倉庫労働者など未組織不安定就業労働者の組織化などに取り組み、1980年には、1973年に全日自労と全国建設及建設資材労働組合(全国建設)との間で結成された建設・資材・一般労働組合協議会(建設一般)と組織統合を行い、全日自労建設一般労働組合建設一般全日自労、結成当時組合員数約10万人)となった。

 全日自労は、1956年以降は日本労働組合総評議会総評)に加盟し、国際的には世界労働組合連盟(WFTU)、建築木材建設資材産業労働組合インターナショナル(建築インター)に加盟していた。1980年代の労働戦線統一問題では、総評中央の進める民間先行容認の運動方針や総評解散による組織統一方針に反対し、1989年秋の総評解散・日本労働組合総連合会(連合)結成にあたっては、それと前後して結成された全労連に参加した。1991年(平成3)には、地域で協力・共闘を進めていた農村労働組合全国連合会(農村労連)との組織統合を行い、名称を全日自労建設農林一般労働組合(建設一般組合員4万人)に改めた。

 1990年代になると緊急失業対策事業そのものが廃止されることとなり(1995年緊急失対法廃止法案成立、1996年3月で失業対策事業廃止)、建設一般のおもな課題は地域での仕事を求める高齢者、失業者の就労保障を実現することが中心となった。そのため、その受け皿としての高齢者事業団やシルバー人材センター、さらには自治体単独事業としての高齢者就労事業など、地域の実情に応じた対策の実現に向けて活動した。

[大野喜美・川崎忠文]

建交労の結成と活動

1999年(平成11)9月、建設一般は、同じ全労連加盟の全日本運輸一般労働組合(運輸一般)および全国鉄動力車労働組合(全動労)と組織合同を行い建交労を結成した。建交労はその結成大会において、合同3組合の組織と伝統、闘いの共通性をふまえ、要求実現の組織力量をより強化し、「全労連をささえる強大な民間単産」を建設し、産業と地域に基盤をもつ全国組織として運動と組織の発展に力を尽くす、という運動方針を打ち出した。

[大野喜美・川崎忠文・早川征一郎]

 2012年1月時点で47都道府県に組織があり、トラック、鉄道、重機、ダンプ、セメント・生コン、建設、メンテ・派遣、学童保育、事業団・高齢者など13の業種別部会をもっている。正社員、パート、派遣など雇用形態を問わず、一人でも入れる一般組合として活動している。

[早川征一郎]

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