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失業対策事業 しつぎょうたいさくじぎょう

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

失業対策事業
しつぎょうたいさくじぎょう

国,地方自治体が失業者の救済を目的として行う事業。第2次世界大戦後の大量失業の救済のために,1946年に応急失業対策事業が開始された。さらに 49年には緊急失業対策法が制定され,労働大臣が定める計画に従って,国もしくは地方公共団体が,道路整備など土木事業を失業対策として行うこととなった。

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朝日新聞掲載「キーワード」の解説

失業対策事業

炭鉱離職者らを対象に国が主体となって産炭地域開発就労事業(開就)や特定地域開発就労事業(特開)などを実施。徐々に廃止されたが、福岡県では10年度末まで特開の「暫定事業」が続けられる。

(2008-03-26 朝日新聞 朝刊 福岡 1地方)

出典|朝日新聞掲載「キーワード」
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百科事典マイペディアの解説

失業対策事業【しつぎょうたいさくじぎょう】

失業者が定職につくまで一時的に仕事を与え,生活保障をする目的で,国または地方公共団体が起こす公共事業主として土木工事)。失対事業とも。日本では大正末期から始まっていたが,特に1949年緊急失業対策法制定以後,一般公共事業とはっきり分離され制度化され,その仕事はニコヨンと呼ばれた。

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世界大百科事典 第2版の解説

しつぎょうたいさくじぎょう【失業対策事業】

失業者に対し,地方公共団体や国が一時的に就業機会を創出し,賃金を支給することによって救済しようとする事業をいい,一定の労働に服することを条件に失業者の所得保障を行う制度である。失対事業は元来公的扶助的性格をもつが,事業運営の効率化が追求されると公共事業的性格を強くもつようになる。歴史的にはイギリスにおける1886年のチェンバレン通達が失対事業の最初であり,日本では1917年六大都市が初めて失対事業を実施した。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

失業対策事業
しつぎょうたいさくじぎょう

広義には失業者の長期かつ大量の滞留に対処して国あるいは地方自治体の行う失業者救済事業をさすが、狭義には緊急失業対策法(昭和24年法律第89号)に基づく失業対策事業をいう。
 日本では、1925年(大正14)に六大都市で行われたのが最初といわれる。第二次世界大戦直後の1946年(昭和21)には知識階級失業応急救済事業が始められ、ついで公共事業の一環として失業応急事業が開始された。1949年には、ドッジ・ラインの実施に伴う民間企業および官公庁の大量の人員整理に直面して緊急失業対策法が制定され、ここに公共事業とは別個の体系をなす失業対策事業が実施されるに至った。これにより就労者数は、1955年の31万人から増加し続け、1960年には35万人に達した。
 その後、1963年に行われた緊急失業対策法の改正により、失業者就労事業と高齢失業者等就労事業とに二分され、失業者に対する民間企業への就職指導と相まって、縮小の方向が打ち出された。さらに、1971年の中高年齢者雇用促進法(「中高年齢者等の雇用の促進に関する特別措置法」昭和46年法律第68号)の制定により、同法の施行後新たに発生する失業者については、失業対策事業に就労できないこととされた。就労者数は、これらの措置によって年々減少し、1975年に約12万人、1979年には約10万人にまで落ち込んだ。1981年には、事業の「終息」を図るために一時金の支給による就労者の追い出しが組織され、これによって約2万人が失業対策事業を去ったといわれる。
 その後、緊急失業対策法を廃止する法律が1996年(平成8)4月に施行され、これにより失業対策事業は終息する。なお、これまでの経緯や就労の実情などを考えて、事業の終息時65歳未満の就労者を対象にして、屋外作業や除草などの軽作業を内容にする事業が、いくつかの自治体を事業主体にして行われた。[三富紀敬]
 国による失業対策事業は以上のようにして終了したが、2000年(平成12)前後の失業情勢が深刻化した不況時には、失業対策事業に代わるものとして1999年に緊急地域雇用創出特別交付金制度を導入し2005年度まで実施した。同制度は国から自治体に資金を提供し、自治体はその資金を利用して、失業者を最長半年間雇用する事業を実施する、というものである。また2008年に始まる世界同時不況に際しては、国は緊急雇用創出事業を開始したが、この事業も、国が地方自治体に資金を提供し、自治体はその資金を利用して主として失業者が最長半年間雇用される雇用機会を創出する、というものである。[笹島芳雄]
『石田忠・小川喜一編『社会政策』(1978・青林書院新社) ▽労働新聞社編・刊『改正雇用対策法の実務解説』(2008) ▽厚生労働省編『厚生労働白書』各年版(ぎょうせい)』

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世界大百科事典内の失業対策事業の言及

【雇用政策】より


【日本の雇用政策】
 日本で完全雇用政策が話題になりはじめたのは第2次大戦後であるが,〈戦後は終わった〉といわれた1955年の失業率は2.5%にすぎなかったが,52年失業対策審議会は〈潜在失業に関する調査報告書〉で就業者総数の29.9%が潜在失業者であると指摘し,57年第1回被保護者全国一斉調査は世帯保護率25.7‰,その中の過半数が世帯主が働いている世帯であることを示した。したがって失業対策も緊急失業対策事業(1955開始)が中心で,その就労者数が60年35万に達した。こういう状況のなかで,雇用審議会答申第2号は,〈完全雇用状態に達する前段階として,失業率が端的に失業ないし雇用の実勢をしめしうるような,したがって近代的雇用政策が有効に展開されるような就業状態に達することをもって,政策の目標とすべきである〉と答申し,失業政策から雇用政策への転換の端緒がつくられた。…

【日雇労働者】より

…したがって,大工,左官,石工などの熟練職種に就労する者は,日々の雇用契約であってもこれに含めない。狭い意味では,緊急失業対策法(1949)によって公共職業安定所に登録された失業者で失業対策事業に就労する日雇労働者をさす場合もある。その数は1960‐61年時に約35万人のピークを迎え,その後減少し,いまや終息の段階にある。…

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