全労連(読み)ぜんろうれん

百科事典マイペディアの解説

全労連【ぜんろうれん】

(1)正称は全国労働組合連絡協議会。1947年二・一スト後に産別会議,総同盟(日本労働組合総同盟)および中立系組合を結集して組織されたゆるやかな連絡協議体。加盟人員460万。日本労働運動史上初めての労働戦線の統一の機会であった。しかし産別会議の主張する運営の多数決制と統制力の強化に反対する総同盟は1948年脱退。以来衰退に向かい,1950年団体等規正令の適用を受けて解散を命ぜられた。(2)正称は全国労働組合総連合。1989年11月,総評日本労働組合総評議会)の解散と連合への再編に伴い,それに対抗する諸労働団体により結成。27単産と都道府県の39組織,140万人が参加した。連合を〈労資協調路線〉と批判し,議決も加盟組織単位を併用するなど大単産中心でない〈開かれたナショナル・センター〉を目指している。主要単産は全労連自治労連,全教,日本医労連,国公労連,建設一般,自交総連,生協労連など。
→関連項目全日本自由労働組合ナショナル・センター日本私鉄労働組合総連合会

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世界大百科事典 第2版の解説

ぜんろうれん【全労連】

(1) 正称は全国労働組合連絡協議会。二・一ストが禁止された後,スト準備に結集した労働組合の団結を持続するとともに,訪日が予定されていた世界労連代表団の統一的な歓迎母体となるため,1947年3月10日結成された。産別会議総同盟のほか,当時の中立系主要労働組合のほとんどが加盟し,第2次大戦後初の労働戦線統一組織となった。しかし総同盟の加盟を考慮して,決議は満場一致制とするなど,その性格はゆるやかな連絡協議機関にとどまった。

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大辞林 第三版の解説

ぜんろうれん【全労連】

「全国労働組合連絡協議会」の略称。1947年(昭和22)の二・一スト後、産別会議系・中立系組合・総同盟などで結成。50年団体等規正令で解散。

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世界大百科事典内の全労連の言及

【産別会議】より

…そして朝鮮戦争発生後の50年後半に始まるレッドパージがとどめを刺し,51年末には,5単産,組織人員4万人の弱体組織となった。この間,総評結成の動きを前にして全労連への発展解消による組織維持をめざしたが,全労連が解散させられたため果たせなかった。その後,共産党の分裂状態の影響を受けて,組織の微弱化のうえに機関の空洞化がすすみ,労働組合としての具体的な運動がほとんど組めなかった。…

【連合】より

…民間連合は88年2月から官民統一をめざして,総評の中心である官公労,旧同盟系の友愛会議全官公との首脳会談を開始し,89年6月までに(1)民間連合の基本文書〈進路と役割〉の尊重,(2)国際自由労連加盟,(3)民間連合に反対する統一労組懇には毅然たる態度をとる,の3重要事項などで合意をみた。これにより民間連合と官公労の統一が決定したが,総評系の自治労・日教組などでは反主流派がこの統一に反対して分裂,これらは反連合の全労連に参加することとなった。 民間連合と官公労の統一大会は89年11月21日開かれ,日本労働組合総連合会として78単産,約800万人で発足した。…

※「全労連」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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