兼次(読み)かねつぐ

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「兼次」の解説

兼次(3) かねつぐ

1840-1910 幕末-明治時代刀工
天保(てんぽう)11年生まれ。兼先の子孫。はじめ因幡(いなば)鳥取藩の抱え鍛冶(かじ)となる。明治19年(1886)上京して,伊勢神宮宝剣を靖国神社境内でつくった。明治43年2月8日死去。71歳。姓は日置

兼次(1) かねつぐ

?-? 平安時代後期の刀工。
伯耆(ほうき)(鳥取県)の人。京都三条派の五条兼永弟子となり,のち太秦(うずまさ)にすんだ。治承(じしょう)(1177-81)のころに活動したという。兼安とも。

兼次(2) かねつぐ

?-? 南北朝時代の刀工。
美濃(みの)(岐阜県)志津派をひらいた兼氏の子とも,兼俊の子で兼氏の孫ともいう。美濃直江にすんだ。観応(かんのう)元年(1350)の銘をきった作品がある。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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