出自・出自集団(読み)しゅつじしゅつじしゅうだん(英語表記)descent

翻訳|descent

日本大百科全書(ニッポニカ) 「出自・出自集団」の意味・わかりやすい解説

出自・出自集団
しゅつじしゅつじしゅうだん
descent

出自とは、ある個人が過去の祖先との間に、その系譜的連鎖によってもっている関係をさす。そしてその系譜的連鎖の特定の形態が規則によって規定され、意味を付されているとき、出自は人の集団への帰属、集団の構成を決定する働きをもつ。すなわち、ある社会で、特定の祖先a(男)から代々、男のみをたどり、彼または彼女に至る系譜的関係が特定化されているとき、それを父系(男系)出自patrilineal descentとよび、そのような出自をもつ者が構成する集団を父系出自集団とよぶ。また、同様に女祖から代々、女のみをたどる出自と、その集団を、それぞれ母系(女系)出自matrilineal descent、母系出自集団とよぶ。

 この単一の性による系を祖先との関係としてもつ出自を単系unilineal出自とよぶのに対し、祖先からの系譜に男性と女性の両方を含む出自を非単系nonunilineal出自、または双系cognatic出自とよぶ。この非単系出自の形態が、集団への帰属と構成を決定する機能をもつためには、たとえば、ある個人は、父のほうから上にたどれる系譜と母のほうの系譜のいずれかを選択する、というような別の規則が必要となる。なぜなら、ある比較的閉じられた形で存続してきた社会の内部では、ほとんどの人が、なんらかの形で過去のすべての祖先といわば非単系出自系譜関係をもっていて、非単系出自は、個人の集団帰属を一義的には決定しえないからである。

 この非単系出自をめぐる論争は、1950年代後半より人類学者の間で激しく行われたが、それは、出自の本質をどこにみるか、ということが争点であった。ここでその出自の本質をさらに深く考えてみる前に、これまでの出自に関する人類学における学説の変遷を述べる。

[船曳建夫]

出自に関する学説の変遷

古典的な人類学の始祖の一人、モルガンは、出自を集団の成員権の規則と考えた。彼は出自の原理が、人を集団に加入させることと、集団から除外することの二様に働くことをみいだした。さらに彼は、出自がそれだけでは集団の成員を規定するだけであり、その集団が結合性をもつためには他の要素が必要なこと、また、出自は個人の集団への関係の規定だけではなく、そのようにしてできた出自集団が他の出自集団と差異をもち、それが政治的に統合される場合の集団間の関係の基礎ともなっていることを説いた。リバースは、モルガンが指摘した集団の結合性に関して、親族関係、領土、トーテミズムがその結合性をもたらす要素として働くことを加え、出自に関する理論を前進させた。

 以上の2人が、出自を、互いに無限定に関係を持ち合っている人々の間に境界を引き区別をし、いわば集団を発生させるものととらえたのに対し、現代の人類学の創始者の一人であるラドクリフ・ブラウンは、集団の存続を前提とし、そのためにつねに必要であるところの新たな成員の確保の制度に出自が機能しうると考えた。このことは、集団を法人corporationとし、その法人が実体的な存在として理論の中心に据えられたことになる。出自はこのとき、法人が個々人に権利と義務を与える際の選別の基準となる。王位、また他のさまざまな役職が継承されるとき、出自の規則が働くのは、この出自が権利・義務の移譲の基準たりうる例として考えられる。

 これまでに述べた出自に関する考え方は、1930年代、40年代の社会・文化人類学の発展期にさまざまな社会の研究のなかでさらに練り上げられた。エバンズプリチャードに代表されるイギリスアフリカ研究者たちは、出自集団にレベルの違いをみて、小さな下位の出自集団が必要に応じてより上位の集団に統合されるメカニズムを概念化して、セグメンタリー・リニエッジ・システムとよんだ。その分節性(セグメンタリティ)は、出自の規則によっていわば系統樹的な全体をつくると考えた。また、ファースや他のポリネシア研究者たちは、しだいに枝分れし、小さな出自集団を形づくっている全体のなかで、ある一つのレベルにおいては出自集団どうしの地位は対等でなく、全体の頂点の始祖からそれぞれの小出自集団の始祖への系譜的距離が近いものが優位にたつことを報告した。これらアフリカとポリネシアの二つの例はともに、出自が、個人の集団に対する関係ではなく、集団どうしの関係をも規定する機能をもつことを示している。

 しかし、この後者のポリネシアの例は、アフリカの例と違い、非単系出自をもつ社会であった。このような社会では、非単系出自の規則は、ある条件を付加することで初めて集団構成の基礎となりうるのであるが、単系出自集団との相違点はそれだけにとどまらず、そうして形成された非単系出自集団には、本来その集団の正当なる出自をもたぬ者も内部に取り込む柔軟性があること、過去の祖先へさかのぼる系譜的知識が浅く、また不分明であることも多く、一般的に出自は厳密性を欠き、その系譜を操作し変更する余地の大きいこと、などの特徴が報告されている。これらのことは、東南アジアや、ことに1950年代後半からのニューギニア研究でつとに指摘されていることであり、イギリスの人類学者の間には、出自という概念は単系のもののみにとどめて用いるべきだと主張する者もいる。この非単系出自に関する論争は、出自の概念が、その単系の形において厳密なアフリカの資料を基に精妙化されたのち、研究の対象がアジア、オセアニアの、異なる構成の社会に移ったとき、おこるべくしておきたものであった。

 以上のモルガン以来の学説は、出自のもつ法的、社会的規制力の側面を明らかにしたものであった。これに対し、やはり主として非単系出自の社会の研究から、出自の法的側面からの接近は、集団の成員の範囲とその構成については明示できても、その集団の形成と個々の成員の行為の過程に及ぼす出自の働きは、なんら解明できないとの批判がおきた。この批判によれば、非単系出自がその範囲を限定するにおいて明快でないことから、出自の概念の本質から外れる、という前述の主張に対し、むしろそれゆえに、非単系出自の社会では実際の場面において出自が、人間が操作して用いる一つの文化的装置として働いているという本質が明確になっているというのである。ここにおいて対立は、単系出自に出自の本質をみて、集団の成員の範囲と社会構造の枠組みが出自によって規定されるのであるとする考え方と、出自は一つの人間関係のとらえ方であり、それは状況と場面によって可変的でありえ、一つの社会に単系・非単系の双方の観念が併存することもあり、出自の機能は、行為とその過程、そして行為集団の形成にみるべきだとする考え方の違いが鮮明になった。日本の社会を例にとって、前者の考えにたてば、日本では出自集団はその初期における武士集団などにみいだすしかなく、後者の考え方で出自を分析概念に用いれば、現代の日本社会も、単系である父系出自の観念と、女も相続すれば、また系譜的つながりがいっさいない者も出自の系譜に養子として組み入れもするという非単系出自の観念の双方が機能していると考えることができる。以上の論争は、いまなお、つねにさまざまな形で社会・文化人類学の領域で続けられているが、そこで問題となっている出自の本質を、親族などの他の概念と比較する形で考えてみよう。

[船曳建夫]

出自の本質

出自が集団への帰属、権利・義務の移譲に原理として機能することは明らかであるが、もとよりそのような原理は出自のみでなく、たとえば契約がある集団への加入帰属を保障する場合があることはわれわれの知るところである。そのさまざまな原理、基準のなかで出自の優れている点は、父系出自をその出自規則としている社会では、そこに生まれた人間は出生時に、すべてもれなく、自動的に、一つの父系出自をかならずもち、二つ以上はけっしてもちえないというところにある。よって、生まれいでた人間はその社会の複数の父系出自集団、たとえば氏族、のうちの一つにかならず属することとなり、その人間の社会的存在、権利が保障され、逆にその出自集団の永続が強化される。このことは、われわれ人間が、n代さかのぼれば2n人の祖先との間に2n個の系譜関係をもっており、また同じ社会の任意の個人とも、そう遠くない過去の祖先を共有する形で血縁関係をもっている蓋然(がいぜん)性が高い、という無限定の網目の中に存在している、本来的な状況を、出自をある特定の形態にとることで秩序づけていることを示す。ここで行われているのは、観念的には、過去からの継続性をどう意味づけるか、たとえば過去の高名なる祖先との関係で自分の出生と存在の由来を再確認することであり、法的、社会的には、財物・諸権利の相続継承の正当化である。いずれも人間の社会関係の通時的認識と、それに基づく通時的問題の処理である。ことに後者の相続の正当化は、財物、ひいては社会自体が個人の有限の時間を越えて存続するというときにその継承をいかに行うか、に関して、現在までの人類史のなかでほとんど無比の処理法であった。

 この出自を親族関係kinshipと対照させて考えると、その本質はいっそう分明となる。親族関係はあくまで現存の個々人ならびに集団の、やはり現存の個々人と集団に対する関係である。個人とその父、また個人とその祖父、曽祖父(そうそふ)との関係は、一見、出自の、この場合父系出自の関係と見誤るが、あくまで親族関係である。そのことは、出自が通時的な系lineを問題としているのに対し、親族関係は共時的な場fieldの関係と考えられるところに明瞭(めいりょう)である。非単系出自をめぐる一つの問題点は、たとえば世代的には曽祖父の代までしか記憶にないような社会で、男をたどる系譜が特定化されているとき、曽祖父―祖父―父―子という系譜関係を三つの親族関係(父子関係)の集積とみるか、祖先(曽祖父)からの出自の関係と考えるか、という対立に現れている。

 これら問題点はいまだ決着のつかないまま論争が続けられている。しかし、出自の概念に、時間の永続性のなかで、人間が個人としては一回性をもち、集合体としては断続的な存在であるとき、いかにして集団の継続性を可能たらしめるかの仕組みとして通時的な働きを行うという本質のあることは確実なこととして認められる。

[船曳建夫]


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