改訂新版 世界大百科事典 「利得償還請求権」の意味・わかりやすい解説
利得償還請求権 (りとくしょうかんせいきゅうけん)
手形・小切手上の権利が時効または遡求権保全手続(遡求権)の欠缺(けんけつ)により消滅した場合には,手形・小切手上の債務者に利得が生ずることがある。たとえば,AがBから商品を買い入れてその代金の支払に代えてBに約束手形を振出交付し,BがこれをCに譲渡していたが,Cがこの手形を時効にかけてしまった場合,Aの手形債務は消滅し,Aは対価を支払わないで商品を取得したことになる一方,Cは手形を取得するために支払った対価について損失を受ける。このようなときに,CからAに利得の償還を請求できるものとしたのが利得償還請求権である(手形法85条,小切手法72条)。保全手続の欠缺または時効により手形・小切手上の権利を失った時点の所持人が請求権者であり,それにより実質的に利得が生じた者が償還義務者である。この権利の発生には手形・小切手の所持またはこれに代わる除権判決の取得を必要としないというのが通説である。利得償還請求権は指名債権の一種であるから,この権利の譲渡および行使に証券の交付および所持は必要でない(多数説)。小切手の場合には呈示期間内に適法の呈示をしなかったことによりこの請求権が発生するが,支払委託の取消しがないかぎり支払人は支払うことができる。呈示期間経過後に支払われたときは,一度発生した利得償還請求権は支払の時点で消滅する。
執筆者:田辺 光政
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報