日本大百科全書(ニッポニカ) 「時効」の意味・わかりやすい解説
時効
じこう
一定の事実状態が一定期間継続した場合に、この事実状態を尊重し、これに対して権利の取得・喪失という法律効果を認めようとする制度。
[淡路剛久]
私法上の時効
取得時効と消滅時効とがある。前者は長期間にわたって他人の物(たとえば土地)を占有する者に権利を与える制度であり(たとえば、民法162条により、10年または20年占有した者は、所有権を取得する。なお、条文に「他人の物」と規定されているが、自己の物について取得時効を主張できないわけではない)、後者は一定期間行使されない権利(主要なものは債権)を消滅させる制度である(民法167条により、債権は、10年間行使しないときは消滅する)。なお、消滅時効は除斥期間に類似するが、中断があること、および援用を必要とする点でそれとは区別される。
[淡路剛久]
制度の存在理由
時効制度の存在理由について、一般の学説は次の3点をあげ、これをもって、すべての時効制度に通じる統一的理由とする。すなわち、(1)長期間継続した事実状態は、法律関係を安定させるために法的に保護する必要があること、(2)権利行使を怠り「権利のうえに眠っている者」は法の保護に値しないこと、(3)長期間の経過によって立証が困難となり、したがってこれを救済する必要があること、の3点である。しかし、このような通説に対しては、多様な種類の時効についてこれらの一元的な説明がすべてあてはまるわけではないとの批判があり、異なった観点からの考え方が唱えられている。たとえば、多元的に説明する有力な学説によれば、時効には、(1)請求権の消滅時効(たとえば債権の消滅時効)、(2)他物権(他人の物権のうえに成立する物権)の消滅時効(たとえば地上権の消滅時効)、および(3)取得時効(たとえば所有権の取得時効)の三つがあって、それらはそれぞれ制度の存在理由を異にし、(1)は、期間の経過によって権利関係の証拠が不明確となることが多いので、法定証拠によって義務者を解放することを目的とする制度であり、(2)は、所有権の完全円満性に奉仕する制度であり、(3)は、権原(ある法律的または事実的行為をなすことを正当とする法律上の原因)の証明の困難を容易にすることによって物権取引の流通を安定させることを目的とする制度である、としている。また、時効は非権利者を保護する制度か真の権利者を保護する制度か、という観点もあり、本当は権利者でないが、それを前提としているものを保護するとともに、権利を証明できない真の権利者を保護する制度だと考える説もある。
[淡路剛久]
時効の援用
時効の利益を受ける旨の当事者の意思表示を時効の援用という。時効は、単に時効期間が経過しただけでは裁判所はこれによって裁判することができず、当事者が援用しなければならない(民法145条)。この点で援用を必要としない除斥期間と異なる。時効について当事者の援用を必要としたのは、たとえば弁済をしていない者が時効の利益を受けることを潔しとしないことがあるので、自らの良心に任せようとした趣旨だと説明されている(良心規定説)。援用の方法については、裁判上でも裁判外の援用でもよい、とした大審院時代の判例がある。学説は、時効の効果が時効期間の経過により確定的に生じると考えるか(確定効果説)、不確定的に生じて、援用により確定すると考えるか(不確定効果説)で異なり、後者では裁判外の援用を認めてよいこととなる(通説)。援用権者につき判例は、時効によって直接に利益を受ける者との一般論のもとで、時効にかかった債権の債務者・連帯債務者・保証人・物上保証人はこれに該当するとし、抵当不動産の第三取得者、詐害行為の受益者については、かつては否定したが、抵当不動産の第三取得者に関しては1973年12月14日最高裁判決で、詐害行為の受益者に関しては1998年6月22日最高裁判決で、援用権者と認めるに至った。学説は、時効の主張をなす法律上の利益を有する者すべてを援用権者としてよいと解している。
[淡路剛久]
時効利益の放棄
時効の利益を受けない旨の当事者の意思表示を時効利益の放棄という。時効の利益は、時効完成前あらかじめ放棄することは認められない(民法146条)。その理由は、債務者が窮迫に乗じられて債権者によってあらかじめ時効の利益を放棄させられることを防止することにある。したがって、そのような危険がない時効完成後においては、時効の利益を放棄することが認められている。なお、判例は、時効利益の放棄とは別に時効完成後に債務者が債務を承認したり、弁済したり、延期証を差し入れたような場合には、もはや援用できない、としている(時効援用権の喪失)。
[淡路剛久]
時効の中断
一定の事由があった場合には、それまで経過した期間は法律上無意味なものとされ、新たに時効期間が進行し始める。これが時効の中断である。法定中断事由には、(1)請求(民法149条~153条)、(2)差押え・仮差押え・仮処分(同法154条、155条)、(3)権利の承認(同法156条)の3種類があり、これらは消滅時効および取得時効の両方に適用される。このほか、取得時効には占有の喪失という自然中断事由がある(同法164条)。なお、除斥期間には、中断がない。
[淡路剛久]
時効期間と時効の起算点
債権の消滅時効期間は原則として10年(民法167条1項)、不法行為の時効は、短期の期間制限が3年の消滅時効であり、長期の20年は除斥期間と解されている。商事債権は5年(商法522条)である。なお民法は、特定の債権については短期消滅時効を定めており(同法169条~174条)、それによると、5年、3年、2年、1年のものがあり、立法論として、単純化が必要との意見がある。債権の消滅時効の起算点は、権利を行使する時から(同法163条1項)であり、不法行為については、被害者またはその法定代理人が損害および加害者を知ったときから(同法724条)と定められている。これは被害者が加害者に対する賠償請求が事実上可能な状況のもとで、可能な程度に知ったとき、とするのが判例である。
所有権は時効消滅しない。債権または所有権でない財産権の消滅時効期間は20年である(同法167条2項)。形成権(たとえば解除権)の時効期間については、判例は債権に準じて10年と解している(取消権については同法126条で特別に規定され、短期の期間制限が5年、長期の20年は除斥期間と解されている)。
取得時効は、所有権の場合には所有の意思をもって、所有権以外の財産権の場合には自己のためにする意思をもって、平穏かつ公然に、他人の物を一定期間占有することによって成立する(占有者については、所有の意思、善意、平穏、公然は、推定される。同法186条)が、その時効期間は、占有者・準占有者が占有・準占有の始めに善意無過失の場合には10年、その他の場合には20年である(同法162条、163条)。
[淡路剛久]
刑事法上の時効
一定期間が経過したことにより、刑罰権を消滅させること。現行法上、「刑の時効」と「公訴時効」とがあり、前者は刑法(31条~34条)で、後者は刑事訴訟法(250条~255条)で規定されている。なお、2010年(平成22)4月、刑法および刑事訴訟法改正により、人を死亡させた犯罪に対して「適正な公訴権の行使を図るため」として、法定刑に死刑が含まれるか否かによって、公訴時効の廃止やその期間延長などの大きな変更が行われ、即日施行された。
[名和鐵郎 2018年1月19日]
刑の時効
刑の言渡しを受けた者が、一定の期間内にその執行を受けない場合、その執行を免除しうる制度である(刑法31条参照)。2010年改正により、死刑は刑の時効の対象外となり、時効の期間は、無期の懲役または禁錮が30年、10年以上の有期の懲役または禁錮が20年、3年以上10年未満の懲役または禁錮が10年と延長された。それら以外は従来と同様に、3年未満の懲役または禁錮が5年、罰金が3年、拘留・科料および没収が1年と規定されている(同法32条)。ただし、2010年改正は、施行前に確定した刑の時効については適用されない(この点で後述する公訴時効の場合とは異なる)。なお、刑の時効は、法令により執行を猶予し、または停止した期間内は進行しない(同法33条)。また、懲役、禁錮および拘留の時効は、刑の言渡しを受けた者を、その執行のために拘束することによって中断するが、罰金、科料および没収の時効は、執行行為によって中断する(同法34条)。
[名和鐵郎 2018年1月19日]
公訴時効
一定の期間内に公訴が提起されない場合、公訴権を消滅させ、結果的に刑罰権そのものが消滅する制度である。公訴時効が完成したときは、判決で免訴の言渡しをしなければならない(刑事訴訟法337条4号)。公訴時効の期間について刑事訴訟法は、「人を死亡させた罪であって禁錮以上の刑に当たるもの」に関しては、第250条1項で、死刑にあたる罪(殺人、強盗殺人・強盗致死、強盗強制性交等致死など)を公訴時効の対象から除外したうえで、無期の懲役または禁錮にあたる罪(強制わいせつ致死、強制性交等致死、監護者性交等致死)を30年、長期20年以上の懲役または禁錮にあたる罪(傷害致死、危険運転致死、逮捕監禁致死)を20年、これらの罪以外の罪(自動車運転過失致死、業務上過失致死、自殺関与および同意殺人)を10年としている。そして、第250条2項は、1項が規定する罪以外の罪について、死刑にあたる罪を25年、無期の懲役・禁錮にあたる罪を15年、長期15年以上の懲役・禁錮にあたる罪を10年、長期15年未満の懲役・禁錮にあたる罪を7年、長期10年未満の懲役・禁錮にあたる罪を5年、長期5年未満の懲役・禁錮または罰金にあたる罪を3年、拘留・科料にあたる罪を1年と規定している。公訴時効は、犯罪行為が終わった時から進行し、公訴の提起によって停止する(同法253条1項、254条1項)。共犯の場合には、最終の行為が終わった時から、すべての共犯に対して時効の期間を起算し、共犯の一人に対する公訴の提起による時効の停止は、他の共犯に対しても、その効力を有する(同法253条2項、254条2項)。また、犯人が国外にいる場合または犯人が逃げ隠れているため起訴状の謄本の送達や略式命令の告知が有効にできなかった場合、その期間は時効の進行が停止する(同法255条1項)。
[名和鐵郎 2018年1月19日]
公法(行政法)上の時効
国・地方公共団体と私人の間でも、対等当事者の関係で、特別の規定がなければ民法上の時効制度が適用される。しかし、これについて特別の規定がおかれていたり、特別の解釈がなされることがある。これを従来公法上の時効と称していたが、今日、公法と私法という特別の法体系は存在せず、国・地方公共団体については、その特殊性から、特別の制度が個別におかれるにとどまっている。しかし、法律が不明確なため、その解釈については、判例学説上争いが多いし、判例にも批判的な見解も少なくない。
行政法上の時効にも消滅時効と取得時効がある。
[阿部泰隆]
消滅時効
(1)納入の通知・督促と時効中断の効力
民法第153条は催告が時効中断の効力を有すると規定しているが、それは6か月以内に訴訟を提起するなどしないと効力を失う。これに対し、地方自治法第236条4項では「法令の規定により普通地方公共団体がする納入の通知及び督促は、民法第153条(前項において準用する場合を含む。)の規定にかかわらず、時効中断の効力を有する。」としており(会計法32条も国について同旨。以下、消滅時効については、地方自治法によって説明する)、納入の通知・督促は、裁判を提起することなく時効中断の効力を持つ。しかも、法令の規定による場合というだけで、私法行為である場合に限定されておらず、地方公共団体の有する債権すべてに適用される。いわば主体説である。
(2)消滅時効期間
消滅時効の期間については、「金銭の給付を目的とする普通地方公共団体の権利は、時効に関し他の法律に定めがあるものを除くほか、5年間これを行なわないときは、時効により消滅する。」(地方自治法236条1項、会計法30条も国につき同旨)と定められている。ここでいう「他の法律に定め」の読み方には二つある。
一つは、公法と私法二元論的な読み方で、私法上の行為については民法が適用され、ここでいう「他の法律」とは民法以外の行政法規をいうとする。地方税や国民健康保険料(2年)、介護保険料(2年)、区画整理法の清算金、賦課金の徴収債権(5年)、道路法による負担金(5年)等がそれである。地方自治法の5年の時効が適用されるのはそれ以外の公法上の債権についてである。これが伝統的な読み方である。
これに対して、公法と私法等の区別があるとの前提を取り払って、文理に忠実に読めば、原則は、地方自治法の消滅時効5年の適用があることになり、「他の法律に定めがあるものを除くほか」とは、行政法規に特例があるものを除き、という意味であり、はじめから民法は適用されないことになる。これはいわば主体説的読み方である。
判例では、もともと、普通財産の売却代金債権は私法上の債権であるから、その消滅時効について、会計法第30条の適用がなく、民法によるとしていた(1966年11月1日最高裁判決)。弁済供託における供託金取戻請求権についても同様である(1970年7月15日最高裁判決)。
しかし、1975年2月25日最高裁判決では、国に対する損害賠償請求権の時効は民法第167条1項により10年であるとしながらも、「国の権利義務を早期に決裁する必要があるなど」「行政上の便宜を考慮する必要がある金銭債権」には会計法第30条が適用されるとの解釈が示された。この解釈の根拠はわかりにくく、明確ではないが、行政運営の効率性に着目していることに注目すれば、前記の主体説に近いのではないかとも思われた。
ところが、その後、民事上の債権の消滅時効については、公法と私法の区別を前提とする前者の説を維持することを表明し、民法の適用があるとして、水道料金の消滅時効期間を民法第173条所定の2年間とする判例が出た(東京高裁2003年10月10日)。
また最高裁は、公立病院における診療に関する債権の消滅時効期間について、公立病院において行われる診療は、私立病院において行われる診療と本質的な差異はなく、その診療に関する法律関係は本質上私法関係というべきであるから、公立病院の診療に関する債権の消滅時効期間は、地方自治法第236条1項所定の5年ではなく、民法第170条1号により3年と解すべきであるとした(2005年11月21日最高裁判決)。
こうして、この規定は、公法上の金銭債権について消滅時効期間を定めた規定として意味があるとされたので、ここではまたまた公法と私法の亡霊が生き返っている。これで実務上は解決されたかと思われるが、理論的には、これに対する批判は少なくない。
まず、「他の法律に定めのあるものを除くほか、5年」とする規定は、特例がなければ(つまりは、通常の債権債務は)5年と考えられるのに、それがなかなか見つからず、法の趣旨にあわない。
第二に、公法と私法の二元論が認められなくなった今日では、条文を素直に読むべきである。最高裁判例が、公法と私法を分けるのは当然のことというつもりなのか、主体説に反論しておらず、どのような場合に5年の時効の適用があるかも明らかにしていないのでは実務上の処理も困る。
第三に、判例のとる公法と私法二元説は、役所の文書の保存期間について、公法上の債権なら5年、私法上の債権なら民法の適用があり、病院は3年(民法170条)、水道料金は2年(同法173条1号)、公営宿舎は1年(同法174条)などと、細分化され複雑である。役所の文書の管理の必要性に応じて一律に決めてしまうほうが効率的である。
第四に、先に述べた納入の通知・督促については、公法私法を問わず時効中断の効力の特則が適用されるし、地方自治法第231条の3第3項は、公法私法にとらわれず、「法律で定める使用料」について行政徴収(税金と同様、民事訴訟によらずに滞納処分できる制度)できるとしているのに、消滅時効、援用については民法の適用があると解するのも不自然である。
解釈論としても、行政事務の効率的な処理のために、民法をはじめから主体説的に排除するのが法の趣旨と解すべきであった。
なお、公立病院では、5年の間に請求すればよいと思っていたら、3年を超えた分は不納欠損になるので大赤字であり、債権管理の仕方、書類保存の仕方など、実務の変更が必要になる。公営住宅の家賃、義務教育の給食費、高校の授業料なども、おそらくは、公法上の債権ではなく、私法上の債権として、民法によることになろうが、これらは市場原理で成り立つ債権ではないから、公法上の債権というべきであろう。
(3)時効の援用と利益の放棄
「金銭の給付を目的とする普通地方公共団体の権利の時効による消滅については、法律に特別の定めがある場合を除くほか、時効の援用を要せず、また、その利益を放棄することができないものとする。普通地方公共団体に対する権利で、金銭の給付を目的とするものについても、また同様とする。」(地方自治法236条2項、会計法31条も同旨)。これについても、公法と私法を区別して、私法上の債権については民法を適用するという説が伝統的で、最高裁もその立場であるが、それでは、担当する行政官の意思や運用次第で区々になり、不当な差が生ずる。また、役所は時効の中断手続が必要になるなど、債権管理がめんどうである。国を当事者とする金銭債権については、個人的な意思を尊重する時効制度は排除され、国の会計が納税者たる国民全体により維持されているという公共性の観点から、その迅速な、また画一的・公平な処理が要求されているのであり、時効の援用を要せず、また時効の利益を放棄できないと解すべきであった。
(4)時効の主張が権利濫用になる場合
原爆被爆者援護法による健康管理手当の支給認定を受けた被爆者が、外国へ出国したことに伴い支給を打ち切られたため、未支給の健康管理手当の支払を求めた訴訟において、地方自治法第236条所定の消滅時効を主張していた広島県が敗訴した事例がある。
これは、国外からは申請できないとの国の通達があったため、原告が申請できずに時効期間が徒過したもので、広島県の主張は、違法な通達を定めて受給権者の権利行使を困難にしていた国から事務を受託し、自らも違法な事務処理をしていたにもかかわらず、受給権者の権利の不行使を理由として支払義務を免れようとするに等しいものであり、特段の事情のない限り、信義則に反し許されないとするものである(在ブラジル被爆者健康管理手当等請求事件、2007年2月6日最高裁判決)。
[阿部泰隆]
公物の時効取得
里道、畦道(あぜみち)、水路、海浜地などは国有の公物であるが、いつの間にか公共の用に供するという、公物の実態がなくなり、私人が占拠して、取得時効を主張することがある。このいわゆる公物の時効取得については、かつては、公法関係であるから、民法の取得時効の適用はないとの説もあったが、時効取得が問題となるときは、すでに公物として管理されていないのであるから、民事法の適用があるとすべきである。最高裁(1976年12月24日判決)は、この場合に「黙示的に公用が廃止された」として取得時効の成立を妨げないとしたが、そのような技巧的な説明をせずとも、公物として利用されているときは、「所有の意思をもって、平穏に、かつ、公然と他人の物を占有した」という民法第162条の要件を満たさないのであるから、民法に即して判断すれば十分である。
[阿部泰隆]
『草野元己著『取得時効の研究』(1996・信山社出版)』▽『大木康著『時効理論の再構築』(2000・成文堂)』▽『松本克美著『時効と正義――消滅時効・除斥期間論の新たな胎動』(2002・日本評論社)』▽『松久三四彦著『時効制度の構造と解釈』(2011・有斐閣)』▽『松本克美著『時効と正義 続(消滅時効・除斥期間論の新たな展開)』(2012・日本評論社)』