改訂新版 世界大百科事典 「遡求権」の意味・わかりやすい解説
遡求権 (そきゅうけん)
手形・小切手になんらかの当事者として関与(署名)した者は,原則として,手形金,小切手金の支払につき責任を負わなければならない。手形・小切手の署名者の責任は2種類に分けられる。為替手形の引受人,約束手形の振出人として署名した者は,手形の本来の(第一次的,無条件的,最終的)支払義務者である。これ以外の手形の当事者,すなわち,手形の裏書人,為替手形の振出人およびこれらの者の保証人として署名した者は,満期に支払が拒絶されまたは支払われる見込みがなくなったときにのみ責任を負う(第二次的支払義務者)。この第二次的支払義務者の義務を遡求義務(償還義務)といい,所持人の第二次的支払義務者に対する権利を遡求権(償還請求権)という。小切手の振出人,裏書人およびそれらの者の保証人の義務はすべて遡求義務であり,小切手には第一次的支払義務者は存在しない。
遡求権は,所持人による満期(支払呈示期間内)における適法な支払呈示に対し,約束手形振出人,為替手形支払人(引受けの有無を問わない)が支払を拒絶した場合(満期後の遡求)に生ずるのみならず,満期における支払の可能性がなくなった場合には満期前にも発生する(満期前の遡求)。すなわち,為替手形支払人が手形金額の全部または一部の引受けを拒絶したとき(引受拒絶による遡求),為替手形支払人(引受けの有無を問わない),約束手形振出人が破産,支払停止をしまたはこれらの者の財産に対する強制執行が効を奏さなかったとき,引受呈示禁止手形の振出人が破産したときには満期前に遡求権を行使することができる(手形法43条)。小切手においては,所持人による支払呈示期間内における適法な支払呈示に対し支払人が支払を拒絶した場合に遡求権が発生する。
所持人が手形・小切手の支払呈示期間内に呈示しなかったり,白地手形,白地小切手のまま呈示するなど,適法な支払呈示をしなかったときは遡求権を失う。無担保裏書(支払または引受けを担保しない旨の表示をした裏書)をした者は遡求義務を負わないので,この者に対しては遡求権が発生しない。所持人が遡求権を行使するには,その作成免除の記載がないかぎり,支払拒絶または引受拒絶の事実を拒絶証書によって証明しなければならない。さらに,所持人は支払拒絶または引受拒絶の事実を遡求義務者に通知(遡求の通知)をしなければならない(手形法45条)ことになっているが,所持人が遡求の通知を怠っても遡求権は失われない。遡求義務者が数人いる場合,所持人はそのうちの任意の1人に対し遡求権を行使することも,数人または全員に対し遡求権を行使することもできる。遡求義務者の1人から全額の支払を受けた場合は,他の義務者に重ねて請求できないのは当然である。遡求義務を果たして手形を受け戻した者は,自己の前者(自己より先に署名した者)に遡求しうる(再遡求)。
執筆者:田辺 光政
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報