悪性腫瘍(しゅよう)に対する化学療法剤で、抗癌剤、抗悪性腫瘍剤ともいう。化学構造、作用機序、由来等により、アルキル化剤、代謝拮抗剤、抗腫瘍性抗生物質、ホルモン剤・抗ホルモン剤、抗腫瘍性植物成分製剤、その他の制癌剤に分けられる。
第一次世界大戦から第二次世界大戦にかけて毒ガスとして開発されたイペリット(マスタードガス)から誘導されたナイトロジェンマスタードが1942年、白血病に有効なことが報告され、アルキル化剤の制癌剤としての開発が始められた。代謝拮抗剤は癌細胞の分裂増殖に必要な生合成過程を阻害することにより制癌効果を発揮するもので、補酵素である葉酸の拮抗物質(葉酸拮抗剤)、核酸代謝を阻害するプリン代謝拮抗剤、ピリミジン代謝拮抗剤がある。いずれも葉酸、プリン塩基、ピリミジン塩基に化学的修飾を加えたもので、メトトレキサート、メルカプトプリン、5-フルオロウラシル(5-FU)が基本的薬剤で、それらの誘導体など特徴ある薬剤が開発されている。抗腫瘍性抗生物質にはアクチノマイシンD、マイトマイシンC、ブレオマイシン、ドキソルビシンより始まるアントラサイクリン系抗生物質がある。開発の方向はドキソルビシンの副作用である心毒性を軽減させることで、数種の同族体が開発され、さらに全合成のアムルビシンにまで発展した。ホルモン剤・抗ホルモン剤については、ナイトロジェンマスタードの開発以前に、乳癌に対する男性ホルモン(アンドロゲン)の効果、前立腺癌に対する女性ホルモン(エストロゲン)の有効性が知られており、抗腫瘍作用の強いホルモン類似薬の研究が進んだ。乳癌治療薬としてメピチオスタンが、さらに抗エストロゲン作用の強いタモキシフェンが開発された。そして、アンドロゲンからエストロゲン生成に関与するアロマターゼの作用を阻害するアロマターゼ阻害剤が開発の目標となり、ファドロゾールほかが閉経後乳癌の治療薬として注目をあびている。また、LH‐RH誘導体は持効性製剤として世界中で使用されている。抗腫瘍性植物製剤ではニチニチソウから分離したアルカロイド製剤、メギ科の植物アルカロイド・ポドフィロトキシン誘導体、キジュ(喜樹)由来の植物アルカロイド・カンプトテシン誘導体イリノテカンほか、セイヨウイチイの植物毒タキソイドに化学的修飾を施したタキサン類があり、癌治療になくてはならない存在となっている。その他には、癌治療に欠くことのできないシスプラチンなどの白金製剤があり、一時話題となったキノコの成分や丸山ワクチンなど細菌由来の製剤、そしてインターフェロンなどのサイトカイン類がある。これらは免疫賦活剤あるいはBRM(生物学的応答調節物質)と称され、癌細胞に直接障害を与えないが、癌抗原に対する宿主の免疫能を高めることにより、癌細胞の増殖を抑制することが期待された。あくまでも癌治療の補助的手段であり、主として他の薬剤と併用して用いられるものである。新たに注目をあつめているのが、分子標的薬と称する分野に属する一連の新しい制癌剤である。バイオテクノロジー、遺伝子工学の発展により癌細胞と正常細胞との違いをゲノムレベル、分子レベルで解明し、癌の増殖や転移に必要な分子(レセプター)と特異的に結合してその作用を阻止することにより効果を発揮するものである。モノクローナル抗体(抗体医薬)と小分子分子標的薬の2種があり、トラスツズマブ、リツキシマブ、イマニチブ、ゲフイチニブなどの開発により、それまでにない延命効果が得られているが、予期しなかった副作用も発現しており、有効性および危険性を十分説明して、同意を得てから投与するなど注意事項が示されている。制癌剤は一般に副作用が大である。もっとも多くみられる副作用は血液障害であり、自覚症状では悪心(おしん)、嘔吐(おうと)、食欲不振、脱毛などがあげられる。化学療法では制癌剤の副作用をいかに少なくし、効力をいかに大にするかが重要である。副作用の予防、効果の増強のための補助剤など(制吐剤、抗ヒスタミン剤、副腎皮質ホルモン剤など)の前投与、制癌剤の併用など治療法が向上し、治癒率も一段とよくなってきている。
[幸保文治]
びらん性毒ガスのマスタードガスの細胞毒作用の研究から、マスタードの化学構造のなかのS(硫黄(いおう))をN(窒素)にかえたナイトロジェンマスタードが悪性腫瘍細胞の細胞分裂機能を抑制することが発見された。これを臨床に用いたのが制癌剤開発の緒となった。ナイトロジェンマスタードが化学的にはアルキル化剤であることから、この系統の薬物をアルキル化剤と称している。
化学構造上からは、ビスクロルエチルアミンおよびエチレンイミン誘導体、アルキル硫酸誘導体、ニトロソウレア誘導体がある。シクロホスファミド(「エンドキサン」)、イホスファミド(「イホマイド」)、チオテパ(「テスパミン」)、ニムスチン(「ニドラン」)は各種癌と白血病に、ブズルファン(「マブリン」)、ラニムスチン(「サイメリン」)は白血病に用いられ、ダカルバジンは悪性黒色腫、プロカルバジンは悪性リンパ腫の治療薬である。テモソロミド(「テモダール」)は脳腫瘍関連の神経膠腫を適用としてあらたに開発された。アルキル化剤は細胞毒であり、血液障害、消化器障害など副作用も比較的多くあらわれる。
[幸保文治]
悪性腫瘍細胞の増殖に必要な代謝過程の必須(ひっす)物質と化学構造が類似した物質を与えて代謝機能を阻害するもので、プリンやピリミジンなど核酸塩基をはじめ、葉酸拮抗物質などがある。葉酸拮抗物質にはメトトレキサート(「メソトレキセート」)、ベメトレキセド(「アリムタ」)、レボホリナート(「アイソボリン」)、ホリナート(「ロイコボリン」)があり、メトトレキサートは主として白血病に、ベメトレキセドは胸膜中皮腫を適用としている。レボホリナートとホリナートは胃・結腸・直腸癌の補助療法として5-FUなど他剤と併用される。メルカプトプリン(「ロイケリン」)、メルカプトプリン・リポシド(「チオイノシー」)、シタラビン(「キロサイド」)、シタラビンオクホスファート(「スタラシド」)、エノシタビン(「サンラビン」)、リン酸フルダラビン(「フルダラ」)はいずれも白血病治療薬である。塩酸ゲムシタビン(「ジェムザール」)は非小細胞肺癌を適応症としている。代謝拮抗剤でもっとも多く使用されているのが5‐フルオロウラシル(5‐FU)およびその誘導体である。また、5‐フルオロウラシル、テガフール(「フトラフール」ほか)、カルモフール(「ミフロール」「ヤマフール」)、配合剤のテガフール・ウラシル(「ユーエフティ」)、テガフール・ギメスタット・オスタットカリウム(「ティーエスワン」)があり、各種癌の自覚的・他覚的症状の寛解(軽減)を適用としている。
[幸保文治]
2008年現在使用されている抗腫瘍性抗生物質には、アクチノマイシンD(「コスメゲン」)、マイトマイシンC、ブレオマイシン(「ブレオ」)と、その単一成分ペプロマイシン(「ペプレオ」)、そしてダウノルビシン(「ダウノマイシン」)、ドキソルビシン(「アドリアシン」)から始まるアントラサイクリン系抗生物質とネオカルチノスタチンを樹脂と結合させたジノスタチンスチラマー(「スマンクス」)がある。アクチノマイシンDは古い薬であるが小児のウイルムス腫瘍に、ブレオマイシン、ペプロマイシンは皮膚癌・頭頸部癌に有効。マイトマイシンCは白血病、消化器癌、膀胱(ぼうこう)癌、子宮癌などを適用とし、ジノスタチンスチラマーは肝臓癌に有効で、動脈注入で直接癌腫に薬物を送達させる。抗腫瘍性抗生物質ではアントラサイクリン系が多く開発され、ダウノルビシン、ドキソルビシンのほか、エピルビシン(「ファルモルビシン」)、イダルビシン(「イダマイシン」)、アクラルビシン(「アクラシノン」)、ミトキサントロン(「ノバントロン」)、アムルビシン(「カルセド」)がある。アントラサイクリン系の開発はドキシルビシンの副作用である心毒性を少なくすることを目標になされた。ミトキサントロンとアムルビシンは全合成品で、ミトキサントロンは白血病、悪性リンパ腫、乳癌などに、アムルビシンは肺癌の治療に用いられる。ドキソルビシン塩酸塩をリポソームに封入した「ドキシル」はエイズ関連のカポジ肉腫を適用とした新しいDDS製剤である。ダウノルビシン、イダルビシンは白血病に、他は悪性リンパ腫その他各種癌の症状の寛解および改善を目的として使用される。
[幸保文治]
乳癌・乳腺癌の治療に、テストステロン(男性ホルモン)より強い抗卵胞(女性)ホルモン(エストロゲン)作用をもったメピチオスタン(「チオデロン」)、タモキシフェン(「ノルバデックス」「タスオミン」)があり、閉経後乳癌に有効なトレミフェン(「フェアストン」)、アロマターゼ阻害剤のファドロゾール(「アフェマ」)、アナストロゾール(「アリミデックス」)、エキセメスタン(「アロマシン」)、レトロゾール(「フェマーラ」)がある。合成黄体ホルモン製剤のメドロキシプロゲステロン(「ヒスロンH」)は乳癌、子宮体癌を適用としている。男性の前立腺癌治療薬には女性ホルモン作用をもつホスフェストロール(「ホンバン」)があり、卵胞ホルモンであるエストラジオールにナイトロジェンマスタードを化学的に結合させたエストラムチン(「エストラサイト」)、抗アンドロゲン(男性ホルモン)作用をもつフルタミド(「オダイン」)、ビカルタミド(「カソデックス」)がある。LH‐RH(黄体ホルモン‐放出ホルモン)誘導体のリュープロレリン(「リュープリン」)、ゴセレリン(「ゾラデックス」)は前立腺癌と閉経前乳癌に用いられる。そのほか、副腎皮質ホルモン合成阻害剤ミトタンは副腎癌に有効で、副腎皮質ホルモンのプレドニゾロンなどが急性白血病、リンパ性白血病、リンパ肉腫などの治療に併用して用いられる。
[幸保文治]
キョウチクトウ科のニチニチソウから分離されたアルカロイド製剤ビンブラスチン(「エクザール」、悪性リンパ腫に適用)、ビンクリスチン(「オンコビン」、白血病、悪性リンパ腫、小児腫瘍に適用)、化学処理を施したビンデシン(「フィルデシン」、白血病、悪性リンパ腫、肺癌に適用)、ピノレルビン(「ナベルビン」、肺癌、乳癌に適用)がある。
メギ科の植物のアルカロイド、ポドフィロトキシンの誘導体であるエトポシド(「ラステット」「ベプシド」)は肺癌、悪性リンパ腫に適用、中国産キジュ(喜樹)の植物アルカロイド、カンプトテシンの誘導体であるイリノテカン(「カンプト」「トポテシン」)は肺癌、乳癌、子宮頸癌、胃癌、結腸・直腸癌などに、同系統のノギテカン(「ハイカムチン」)は小細胞肺癌に適用。セイヨウイチイから抽出された植物毒タキソイド製剤のパクリタキセル(「タキソール」)は卵巣癌、乳癌、肺癌などに適用し、ドセタキセル(「タキソテール」)は乳癌、肺癌、胃癌、頭頸部癌、卵巣癌に適用。
副作用として骨髄抑制が多くみられるが、効果はいずれも大である。とくにイリノテカン、パクリタキセル、タキソテールは併用療法として、副作用を回避するための薬剤(制吐剤、抗ヒスタミン剤、ステロイド剤など)の前投与により著しい効果がみられている。
[幸保文治]
シスプラチンを始めとする白金製剤、インターフェロン、インターロイキンなどのサイトカイン、カワラタケ(サルノコシカケ)に含まれる多糖類「クレスチン」を始めとする免疫賦活剤がある。そしてトラスツズマブ(「ハーセプチン」)、リツキシマブ(「リツキサン」)の登場を機に、特定の癌に対するきわめて有効な分子標的薬が、新しい制癌剤開発の目標となっている。
シスプラチン(「ランダ」「ブリプラチン」)は睾丸(こうがん)腫瘍、膀胱(ぼうこう)癌、前立腺癌、卵巣癌、肺癌、胃癌などを適用としており、その副作用を軽減したカルボプラチン、ネタブラチンを含めて、単独または他剤と併用して用いられる。制癌剤の中では代謝拮抗剤の5-FUおよびその誘導体とともに繁用され、併用療法の中心的薬剤である。新しくはオキサリプラチン(「エルブラット」)があり、レボホリナート、5-FUとの併用で結腸・直腸癌の標準的治療法として繁用されている。サイトカインのインターフェロンの開発については制癌剤として大きな期待がもたれたが、特定の癌腫にしか有効性が認められていない。免疫賦活剤には、カワラタケ多糖類、溶連菌抽出物(「ピシバニール」)、レンチナン、シゾフィラン(「ソニフィラン」)、ウベニメクス(「ベスタチン」)などがあり、他剤と併用される。そのほか、光線力学的治療用光感受性物質ポリフィマー、タラポルフィンはレーザー光照射に対し増感剤として投与される。また、BCGは膀胱癌の治療に膀胱内に注入して用いられ、アセグラトンは膀胱癌の術後再発予防に使用される。分子標的薬ではヒト癌遺伝子HER2(ヒト上皮増殖因子受容体2型)の受容体に、特異的に高い親和性をもつ抗HER2ヒト化モノクローナル抗体トラスツズマブが遺伝子組換え技術により開発され、HER2過剰発現が確認された転移性乳癌に著効を示した。次にヒトBリンパ球表面の分化抗原CD20に結合するマウス‐ヒトキメラ型モノクローナル抗体リツキシマブがCD20陽性のB細胞性非ホジキンリンパ腫(おもにマントル細胞リンパ腫)を適用として開発された。同じ目的で、この遺伝子組換えモノクローナル抗体に放射性同位元素を併用させたイブリツモマブチウキセタン(90Y)、(111In)があり、標的腫瘍細胞に放射能を集積させて効果を発揮する。ヒト血管内皮増殖因子に対するヒト化モノクローナル抗体ベバシズマブ(「アバスチン」)は進行・再発の結腸・直腸癌に用いられる。癌細胞への栄養を補給する血管新生を阻害することにより癌細胞を死滅させる。また、同じ目的で使用されるものにセツキシマブ(「アービタックス」)がある。抗腫瘍性抗生物質結合ヒト化マウス抗CD33モノクローナル抗体ゲムツズマブオゾガマイシン(「マイロターグ」)はCD33陽性急性骨髄性白血病に、ヒト化抗ヒトインターロイキン-6受容体モノクローナル抗体トシリズマブ(「アクテムラ」)はキャッスルマン病に伴う諸症状の改善に用いられている。これらは抗体医薬ともよばれている。次に低分子分子標的薬と称され、癌細胞の増殖過程で必須な酵素の阻害を機序とする新しい制癌剤に、イマチニブ(「グリベック」)、ゲフィチニブ(「イレッサ」)、エルロチニブ(「タルセバ」)、ソラフェニブ(「ネクサバール」)、スニチニブ(「スーテント」)、ボルテゾミブ(「ベルケイド」)がある。イマチニブは慢性骨髄性白血病に、ゲフィチニブ、エルロチニブは非小細胞性肺癌に、ボルテゾミブは多発性骨髄腫に、ソラフェニブ、スニチニブは腎癌に適用される。重篤な副作用としてはゲフィチニブ、ボルテゾミブに間質性肺炎による死亡例がある。
そのほか、L-アスパラギナーゼ(「ロイナーゼ」)、ヒドロキシカルバミド(「ハイドレア」)、三酸化砒素(「トリセノックス」)、ビタミンA活性体であるトレチノイン(「ベサノイド」)、タミバロテン(「アムノレイク」)は白血病の治療に用いられる。もっとも新しく、ユニークな薬剤として、子宮頸癌予防ワクチン(ヒトパピローマウイルスワクチン)がある。
[幸保文治]
『古江尚著『抗癌剤投与の実際』(2000・医薬ジャーナル社)』
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
…制癌剤または抗癌剤ともいう。基礎的検討を経た薬剤で,患者に使用したとき,癌の増殖が抑えられ,一定の効果判定規準に従って有効と判断されるものをいう。…
※「制癌剤」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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