生体の内分泌器官より分泌され、全身の物質代謝を調節する化学物質をホルモンといい、これを医薬用としたものがホルモン剤である。ホルモン剤としては、生体から分泌されるものばかりでなく、合成した化学物質でホルモン様作用をもつものが開発され、実際には天然品および合成品が使用されている。また、ホルモンの欠乏または過剰によっておこる分泌機能障害に対し、欠乏による場合にホルモン剤が投与され、過剰による場合に対しては抗ホルモン剤が投与される。なお、ホルモン剤は本来のホルモン作用のほか、一般の薬物と同様に、それ自身の薬理作用をもつものがあり、その薬理作用を利用する例も多くなった。たとえば、副腎(ふくじん)皮質ホルモンであるコルチゾンは、むしろ抗炎症剤として用いられている。
ホルモン剤の分類には(1)内分泌する組織や器官による分類、(2)化学的分類、(3)生理作用による分類があり、化学的分類としてはタンパク質系ホルモン、ステロイド系ホルモン、その他がある。タンパク質系には甲状腺(せん)ホルモン、唾液(だえき)腺ホルモン、下垂体ホルモン、膵臓(すいぞう)ホルモンなどが含まれ、ステロイド系には性ホルモン、タンパク同化ホルモン、副腎皮質ホルモンなどがある。
結晶形として得られたホルモンは副腎髄質からのアドレナリンが最初であるが、アドレナリンはホルモン剤としてよりも、むしろ自律神経系に作用する薬物として知られる。ホルモン剤は、初期には動物の臓器をはじめ、尿や血液から抽出したものがほとんどであったが、性ホルモンや副腎皮質ホルモンなどステロイド系ホルモンの合成が盛んとなり、一方ではまったく化学構造の異なるものでホルモン作用のあるものが発見され、合成技術の向上とともにポリペプチド系のホルモンも合成されるようになった。以下、おもなホルモンについて医薬用に使われているものを簡単に述べる。
[幸保文治]
下垂体前葉ホルモンには副腎皮質刺激ホルモン(ACTH)、甲状腺刺激ホルモン(TSH)、成長ホルモン(GH)、卵胞刺激ホルモン(FSH)、黄体形成ホルモン(LH)、乳腺刺激ホルモン(プロラクチン)の6種が知られ、このうちでTSH、GH、FSHおよびLHが医薬品として使用されている。ACTHは、注射用コルチコトロピンとして用いられたが、酢酸テトラコサクチドおよび酢酸テトラコサクチド亜鉛注射液の開発により、現在ではまったく用いられていない。TSHは注射用の製剤が下垂体および甲状腺の機能診断に用いられており、FSHおよびLHでは血清性、胎盤性、下垂体性の3種の性腺刺激ホルモンが製剤化されている。GHは下垂体性低身長症の特効薬で、ヒトの脳から抽出されており、遺伝子工学により製造したものもある。
下垂体後葉ホルモンにはオキシトシンとバソプレッシンがあり、オキシトシンは分娩(ぶんべん)誘発、微弱陣痛、弛緩(しかん)出血に、バソプレッシンは尿崩症の治療にそれぞれ用いられる。なお、酢酸デスモプレシンは点鼻剤として中枢性尿崩症の治療に有効である。
[幸保文治]
胃下垂、変形性関節炎、進行性筋萎縮症(しんこうせいきんいしゅくしょう)などに用いられ、一般に「パロチン」の名で知られる。
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ウシの上皮小体(副甲状腺)から抽出したアミノ酸84個からなるタンパク質製剤が上皮小体の機能低下または欠損に用いられたが、副作用のため発売が中止された。また、副甲状腺機能低下症の鑑別診断に用いられる合成ペプチド製剤(酢酸テリパラチド)が市販されている。
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男性ホルモンにタンパク同化作用のあることがわかり、同作用の強いステロイドが次々と合成された。メテノロン、メタンドロステノロン、ナンドロロン、オキサボロン、ポランジオール、エチルナンドロール、メスタノロン、スタノゾロール、フラザボール、オキシメトロンなどがある。
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副腎髄質ホルモンと副腎皮質ホルモンがある。副腎髄質ホルモンのアドレナリンは局方名エピネフリンで、交感神経興奮剤として用いられる。副腎皮質ホルモンには鉱質コルチコイドと糖質コルチコイドがあり、鉱質コルチコイドにはアルドステロンが、糖質コルチコイドにはコルチゾンおよびコルチゾールがある。このうち、医薬品として驚異的発展を遂げたのはコルチゾン系である。生体内ではコルチゾン、ヒドロコルチゾン(コルチゾール)のみを産生するが、その作用のうち、抗炎症作用を目標として効力の大きいステロイドが次々と合成された。プレドニゾロン、メチルプレドニゾロン、トリアムシノロン、デキサメタゾン、パラメタゾン、ベタメタゾンがあり、さらに外用剤としてのみ使用される副腎皮質ホルモン剤が多く開発された。ジフルコルトン、フルオロメトロン、ベクロメタゾン、フルオシノロンなどがある。
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男性ホルモンと女性ホルモンに分けられる。男性ホルモン剤としてはテストステロン、メチルテストステロンが男性性器機能不全に用いられるほか、タンパク同化作用の強いものはタンパク同化ホルモンとして使用される。プロピオン酸ドロモスタノロンは乳腺症の治療に用いられる。抗エストロゲン作用の強いエピチオスタノールやメピチオスタンは乳癌(にゅうがん)に用いられる。
女性ホルモンには卵胞ホルモンと黄体ホルモンがある。卵胞ホルモンにはエストラジオール、メストラノール、エストリオールがある。また、ステロイド核をもたない合成卵胞ホルモンにはジエチルスチルベストロールとヘキセストロールがあり、ともに前立腺癌の治療に応用されている。黄体ホルモンはプロゲステロンが本体であり、製剤化されているが、やはり黄体ホルモン作用の強いジメチステロン、ノルエチステロン、アリルエストレノールなどが合成され、製剤化された。
なお、これら性ホルモン剤は混合ホルモン剤として、卵胞ホルモンと黄体ホルモンを配合したもの、男性ホルモンと卵胞ホルモンの混合製剤がある。
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プレグナンジオールは尋常性痤瘡(ざそう)に用いられ、シプロテロンは思春期早発症に、ダナゾールは子宮内膜症治療剤として用いられる。また、メシル酸プロモクリプチンは末端肥大症や下垂体性巨人症の治療に用いられ、カルシトニンやエルカトニンは高カルシウム血症や骨ベーチェット病に用いられる。
なお、膵臓ホルモンにはランゲルハンス島のA細胞から分泌されるグルカゴンとB細胞から分泌されるインスリンがある。インスリンは糖尿病の治療になくてはならない薬剤である。
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各種のホルモンを製剤化し,ホルモン本来の生理作用あるいは薬理作用を利用して,治療または診断の目的に供するものをいう。現在までに実用化されているのは,視床下部,脳下垂体の前・後葉,甲状腺,膵臓ランゲルハンス島,副腎皮質および髄質,性腺,消化管などに由来するホルモンであるが,供給量が十分でないものもある。一般に,これらのホルモンは,食用獣の内分泌器官を原料にして精製されるが,これらに依存しないものや他種のものでは無効なものもある。たとえばゴナドトロピン(性腺刺激ホルモン)の原料は,同じ作用を示すものが妊婦尿や妊馬血清から得られるので,本来の産生器官である脳下垂体を原料とはしない。またペプチドホルモンの一部,ステロイドホルモンなどでは,全合成品あるいは部分合成品が使用されている。この場合,類似合成誘導体のほうがより効果的な作用を発揮することもある。一方,成長ホルモンは霊長類以外のものは無効である。そこで,この成長ホルモンや需要量の多いインシュリンなどでは,遺伝子組換え技術による生産が実用化されている。
ホルモン剤の実際の使用法は,タイプの異なるいくつかの範疇(はんちゆう)に分けて考えられる。これには,(1)補充療法,(2)生理機能の人為的変更または調節,(3)ホルモンの示す薬理作用の利用,(4)診断への応用,(5)ホルモン剤そのものではないが,ホルモン生合成に影響を与える薬物,あるいはホルモンに拮抗する薬物により,間接的にホルモン作用を制御して診断や治療目的を達することなどがある。
(1)補充療法 なんらかの原因により当該ホルモン産生器官が機能障害に陥り,ホルモン分泌が低下している場合に,外からそのホルモンを補う使用法である。甲状腺機能低下症におけるチロキシン投与,糖尿病に対するインシュリン投与,脳下垂体性小人症に対する成長ホルモン投与などが典型的なものである。
(2)生理機能の人為的調節 黄体ホルモン剤(あるいは卵胞ホルモン剤との混合),いわゆるピルによる排卵抑制や月経周期の調節がこの好例である。
(3)薬理作用の利用 ショック時の血圧上昇や開腹手術後の腸管麻痺の蠕動(ぜんどう)促進のためにバソプレシンを用いるのがこの例である。これらの作用は,バソプレシンの生理的分泌量では起こらない。大量の薬用量での薬理的効果の利用である。また副腎皮質ホルモン(糖質コルチコイド)も,臨床的に抗炎症剤として最も広範囲に使われているが,これも生体内の分泌量ではその治療効果は期待できない。糖質コルチコイド本来の作用を抑え,抗炎症作用が相対的に著しく高くなるような合成誘導体が種々開発されていることは,薬理作用を積極的に利用しようとする結果である。
(4)診断への応用 視床下部ホルモンの一つ甲状腺刺激ホルモン分泌ホルモン(TRH)を,甲状腺機能低下症の原因が脳下垂体と視床下部のいずれにあるかの鑑別に用いたり,脳下垂体のACTHを副腎皮質機能診断に応用する,などがこの例である。
(5)間接的にホルモン作用を制御して診断や治療に利用する方法 多くのホルモンの生合成過程が今日明らかにされているので,その過程に関与する薬物を投与したり,あるいはホルモンの拮抗剤を投与することにより,結果的にホルモンの過剰作用を抑制するという考え方である。広い意味でのホルモン療法に属する。たとえば,甲状腺ホルモンの生合成はプロピルチオウラシルやメチルメルカプトイミダゾールで強く阻害される。そこで,バセドー病に代表される甲状腺機能亢進症の治療にこれら薬物が用いられている。また,副腎皮質糖質コルチコイドの一つヒドロコルチゾンは,その生合成過程で前駆体からの生成がメトピロンで特異的に阻害を受け,血中ヒドロコルチゾン濃度が下がる。このため脳下垂体機能が正常ならば,ACTH分泌がメトピロン投与で増加し,前駆体に至るまでの合成過程は促進され,前駆体は蓄積されその代謝産物が尿中に多量に排出されることになる。このことから,メトピロンにより脳下垂体のACTH分泌予備能が検査できる。拮抗剤の例としては,鉱質代謝を支配する副腎皮質ホルモンのアルドステロンに対し,それに拮抗するスピロノラクトンの投与があげられる。原発性アルドステロン症の優れた治療法である。
以上のように,ホルモン剤はかつては補充療法が主要な臨床応用と考えられていたが,内分泌学の進歩により,その使用法は多角的になってきているのが現状である。
一般に薬は投与する際の製剤の形によって効力が異なる。ホルモン剤も例外ではない。とくにホルモンは物質として,タンパク質,ペプチド,アミノ酸,アミン,ステロイドと化学的性質が多様であり,効力持続化,経口投与,抗原性の低下などの問題が製剤化にとって重要となる。
効力持続化についてはインシュリンの例がある。ペプチドであるインシュリンを,亜鉛イオンや塩基性タンパク質と結合させて,効力持続時間を広範囲なものに変えることによって,糖尿病の異なる症状に対応した適切な製剤の選択が可能になっている。また注射剤の各種ステロイドホルモンは,化学的修飾で種々のエステルにして効力持続化が図られている。ACTHでは注射部位での吸収を遅らせる目的で,たとえばポリビニルピロリドンなどを添加したものもある。経口投与の問題も,化学的修飾で達成される場合がある。男性ホルモンのテストステロンは,その構造の1ヵ所にメチル基を導入すると経口剤となる。このとき,同じ場所にメチル基の代りにエチニル基が入ると,生理作用がまったく変化して黄体ホルモンの経口投与剤となる。タンパク質やペプチド性ホルモンは,一般に消化管内で分解されてしまうので経口投与はできないが,化学的修飾によって将来はその可能性も考えられる。3番目に抗原性低下の問題がある。タンパク質やペプチド性ホルモンのなかには,抗原性が強く抗体ができやすく効力がなくなるものがある。たとえば,カルシウム代謝を調節する副甲状腺ホルモンは,一つにはこの理由で現在のところ実用化されていない。抗原性の低下は今後の大きな課題の一つとなっている。
執筆者:川田 純
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
ホルモンは、体のはたらきを活発にする化学物質として発見されたのですが、その後、逆に体のはたらきを低下させるホルモンも存在することが判明しています。体のはたらきを活発にするホルモンと低下させるホルモンとが、上手にバランスをとりながら、体内を一定の状態に保っているわけです。
分泌されるホルモンの量はきわめて微量ですが、この微量なホルモンの過不足で、いろいろな病気(内分泌疾患)がおこります。
内分泌疾患の治療に使用する薬がホルモン剤ですが、内分泌疾患以外の病気の治療にも用いられることがあります。
■性ホルモン剤 男性は
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■甲状腺ホルモン剤 甲状腺から分泌される甲状腺ホルモンを製剤化したもので、甲状腺のはたらきが低下する甲状腺機能低下症の治療に用います。なお、甲状腺のはたらきが活発になりすぎる
■その他のホルモン剤
また、
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