改訂新版 世界大百科事典 「前掛け」の意味・わかりやすい解説
前掛け (まえかけ)
衣服の汚れを防いだり手をふいたりするため,からだの前面,おもに腰から下をおおう衣料で,一般的には長方形または方形の布の上部にひもをつけて着装する。女子は腰巻,男子は股引(ももひき)の上から着けることが多く,仕事着の一部であった。前掛けは,江戸時代中期以降の名称といわれ,それ以前は前垂れと呼ばれていた。《延喜式》には袜(まえだれ)の語があるが,これは現行の前掛けというよりも,むしろ裳系統からきた神事のためのものであろうといわれている。《守貞漫稿》には,〈今世市中の男女平日は専ら之を用いて衣のを除く〉とあり,二幅前垂れ,胸当てつき前垂れ,その他酒売用前垂れなど江戸男前垂れの図が描かれている。《嬉遊笑覧》には,赤前垂れの名称があるが,これはもっぱら茶屋女などが着用した。《菅江真澄遊覧記》にも〈前垂〉の語が随所に見られ,江戸時代後期には東北地方でも,前垂れを着用していたことがわかる。前垂れの種類は多く,並幅布一幅を用いて作るものから,一幅半,二幅,三幅,四幅もの,さらに胸当てつき前垂れなどがある。ハンコマエダレ,タマエダレ,フタハバマエダレ,ハネツコマエダレなどと呼ばれていた。前掛けの材料は,古くはおもに麻が用いられたが,元禄(1688-1704)以降は紬(つむぎ),銘仙,ちりめんなども用いた。しかし農村では,紺木綿,縞木綿,絣(かすり)木綿がもっぱら用いられ,一幅半,二幅もの,胸当てつき前掛けが最近まで着用されていた。労働用として現在も一部地域に用いられているが,そのほか,かっぽう前掛け,サロンエプロン,袖無しエプロンなど洋風前掛けも多く,材質,色,柄は多様化した。
→エプロン
執筆者:日浅 治枝子 前掛けと腰蓑(こしみの)との間には用法や名称において共通する点が見られるのは,前掛けの原初形態を考えるうえで注意すべきことである。秋田県ではわらと海菅(うみすげ)とを編んで作った腰蓑を前垂れまたは腰巻といった。また但馬(兵庫県北部)や出雲(島根県東部)では,ヒロレ(ミヤマカンスゲ)の新芽を川にさらして編んだものをマイブリとかマエスブロという。肥前(佐賀県)西松浦郡では腰蓑をマエハギといい,瀬戸内海の漁師が網をひく際につけるわら,カヤ,シュロの毛で作った腰蓑はマエアテとかマエソと呼ばれている。このように,腰蓑と前掛けは機能的にきわめて類似しているが,ただ腰蓑が植物繊維で作られるのに対し,前掛けは普通は布製である点が異なっている。
執筆者:村下 重夫
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報