前蜀(読み)ぜんしょく(英語表記)Qian-shu; Ch`ien-shu

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

前蜀
ぜんしょく
Qian-shu; Ch`ien-shu

中国,五代十国の一つで,四川省に建てられた国 (907~925) 。ともいう。創始王建 (848~917) は黄巣の乱に軍をあげてとなり,宦官田令孜 (でんれいし) の仮子 (養子) となった。僖宗を保護した功で,四川の一刺史に栄進し,大順2 (891) 年西川節度使陳敬せんを破って成都に入った。次いで唐から西川節度使に任命され,西川の地を確保した王建は,領土を拡大して自立をはかり,天復3 (903) 年蜀王に封じられた。天祐4 (907) 年唐が滅ぶと,みずから帝位について国号を蜀と称し,成都に都した。王建の政権の特色は仮子制度 (→義児 ) で,120人にも及ぶ仮子が王建の家父長的掌握のもとにあり,権力の中枢となっていた。またを避けて移り住んだ唐の旧貴族を優遇したことにより,蜀の文化は高度に発達した。第2代の王衍奢侈にふけり,同光3 (925) 年後唐の荘宗の軍によって滅ぼされ,蜀は2代 18年で滅亡した。

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旺文社世界史事典 三訂版の解説

前蜀
ぜんしょく

907〜925
五代十国の一国
唐末期の節度使王建により建てられ,首都は成都とされた。初め大蜀,のち2年ほど大ともいい,四川・漢中を領した。戦乱を避けて唐の文人の亡命する者が多く,文化が栄えたが,王衍 (えん) のとき,後唐 (こうとう) に滅ぼされた。

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精選版 日本国語大辞典の解説

ぜん‐しょく【前蜀】

中国、五代十国の一つ(九〇七‐九二五)。節度使の王建が四川に建てた国。国号は蜀。首都成都。二世の王衍の時、後唐に滅ぼされた。

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世界大百科事典内の前蜀の言及

【五代十国】より

…中国で,907年(天祐4)にが滅び,960年(建隆1)にが成立して979年(太平興国4)に統一を完了するまでの時期を,五代十国時代という。この間,華北では後梁,後唐,後晋,後漢,後周の5王朝が興亡したので五代といい,その他の地域に前蜀,後蜀,,南唐,呉越(びん),荆南(南平),,南漢,北漢などが併存したので十国という。唐代後半の藩鎮割拠という分裂状態が唐の滅亡で極まったのがこの時代である。…

【蜀】より

…中国,五代十国の一つ。前蜀ともいう。891‐925年。…

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