対象関係論(読み)たいしょうかんけいろん(その他表記)object-relations theory

最新 心理学事典 「対象関係論」の解説

たいしょうかんけいろん
対象関係論
object-relations theory

対象関係論とは,もっぱらイギリスのクライン学派と独立学派に属する多くの精神分析家たちによって創始され発展してきた理論をいう。対象関係object-relations,object relationshipとは世界と関係する主体在り方を表わし,対象関係論は他者との外的関係だけではなく,心的な対象との関係を理解するための特別な理論と方法である。初期のクラインKlein,M.の考えによれば,対象は欲動から生まれ,乳児にとっての早期の現実はまったく空想phantasyに満ちていて妄想的である。成人において無意識的になる空想とは,本来本能的な欲求が心的な表現となったもので,外的なものは投影の受け皿としてこれに表現の機会を与える。攻撃性を重視するクライン理論では,乳児はフロイトFreud,S.の言う生の欲動とともに死の欲動を生き,対象関係論の多くが母子関係(二者関係)を理解の基本に据える。そして,乳幼児は対象に向かってアンビバレントであり,自我は良い対象と悪い対象という好悪に二分された対象と関係をもち,これが全体に統合に向かうところで葛藤が生まれると考える。

 クラインにおいてはこの愛と憎しみに満ちた関係が分割されている状態が妄想的・分裂的ポジションparanoid-schizoid position(PS)であり,この極端な二つの部分的関係が統合に向かうときの状態が抑うつポジションdepressive positionとよばれる。他方,人間の心の在り方が快感追求ではなく,対象希求object-seekingであるところを強調したフェアバーンFairbairn,W.R.D.は,人間を基本的にスキゾイド的schizoid(分裂的と訳されることが多い)であるとみなし,万能感をもち,外界に距離をおき,引きこもって孤立し,内的世界にとらわれている部分をもつという分裂状態を描く。彼が導いた結論の一つは,対象関係の発達とは,対象への乳児的依存infantile dependenceが徐々に対象への成熟した依存mature dependenceに席を譲っていく移行であり,人間が対象を失っていくことに対処する過程だという点である。対象と合体し対象を取り込み対象と同一化する原初的同一化の段階から,発達し独立へと向かう自我は,最初から全体的自己としての可能性をはらむが,全体性を確固たるかたちで維持できるわけではなく,さまざまな対象やそれとの関係の在り方に応じて分裂あるいは分割することになる。彼の用語では,誘惑し刺激的な興奮させる対象exciting objectには飢えたリビドー的自我libidinal egoが,拒否的な拒絶する対象rejecting objectには欲求不満の積み重ねにより被害的で攻撃的になった反リビドー的自我antilibidinal egoが応じて,それぞれ悪い〈対象―自我〉の関係を形成する。どちらも,満足させないという意味で「悪い」対象になるが,理想対象ideal object(小児科医ウィニコットWinnicott,D.W.の言う「ほど良い母親good enough mother」であろう)と関係をもつ中心自我という組み合わせがある。こうして自我は,良い外的対象と関係しながら,悪い内的対象とも関係するという,内と外,良いと悪いの二重化された対象関係を生きる,スキゾイド的構造体として描き出された。フェアバーンと同様,ウィニコットは環境の役割を重視し,先行の理論を自分のことばで再発見し,書き直し,自分の重大な考えを付け加えて自分のものにしており,クラインが内側ととらえるところを内外が未分化な状態にある中間的対象を介した間柄として見,その代表的概念が内外を橋渡しする移行対象transitional objectと中間領域である。さらに,牧師で精神療法家のガントリップGuntrip,H.は,クライン理論とフェアバーンの対象関係論,その他を統合して紹介したが,彼がフェアバーンとウィニコットの両者から受けた治療記録が興味深い。アメリカでは,古典的なリビドー説を批判し,文化や社会的側面を重視する新フロイト派neo-Freudianが独立したが,このグループは対人関係論ともよばれ,近年関係性理論relational theoryとして対象関係論との接近を通して精神分析との統合を図っている。ほかにもビオンBion,W.,カンバーグKernberg,O.,ボラスBollas,C.,オグデンOgden,T.ら,多士済々であり,その複数の論客によって完成されているところが本理論の特徴だともいえる。 →精神分析
〔北山 修〕

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世界大百科事典(旧版)内の対象関係論の言及

【精神分析】より

…体質的要因(フロイトは,先天的に口唇愛,肛門愛の強い者の存在を考えていた)を別とすれば,これらの各期を過度の欲求不満も過度の欲求満足も経験することなく通過することが人格の健康な発達の条件とみられる。 ところで男根期phallic stage(phase)は,フロイトが強調したエディプス・コンプレクスを形成する時期(3~6歳)だが,親子の三者関係の中に愛憎を伴う心的抗争が恒常的にみられるというエディプス・コンプレクスの提唱は,超自我形成論と並んで,今日隆盛な対人関係論,対象関係論object relations theoryの萌芽を示したものといえる。5歳以降に生じる潜伏期latency periodによって幼児性欲の発現と性器性欲の発現との間に休止期が置かれる(性愛発達の二相性)。…

※「対象関係論」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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