日本大百科全書(ニッポニカ) 「加藤尚武」の意味・わかりやすい解説
加藤尚武
かとうひさたけ
(1937― )
哲学者、倫理学者。東京に生まれる。1963年(昭和38)東京大学文学部卒業。1968年同大学院人文科学研究科哲学専攻博士課程中退後、同大学文学部助手となる。その後、山形大学講師、同助教授、東北大学助教授、千葉大学教授、京都大学教授、同大学院教授を経て2001年(平成13)より鳥取環境大学学長(2005年まで)。
加藤はヘーゲル研究から出発した。すでに高校生のころからヘーゲルとマルクスを読むためにドイツ語の勉強を始めていた。学部の学生のころは出隆(いでたかし)に師事する。
大学院在学中から、のちに夫人の姉の夫となる廣松渉(ひろまつわたる)を補佐して研究するようになる。二人の最初の業績はエルンスト・マッハ著『認識の分析』(1920年刊のErkenntnis und Irrtumと1923年刊のPopular-wissenschaftliche Vorlesungenより5編を選んだもの)の共同編訳(1966)である。廣松がアンソロジー『世界の思想家第12巻 ヘーゲル』(1976)をまとめた際、加藤はヘーゲルの膨大な量のテキストを収集、分類してこれを補佐した。このときの経験が、ヘーゲルのテキストのデータベース化というアイディアにつながる。1980年ヘーゲル研究をまとめた『ヘーゲル哲学の形成と原理』を上梓(じょうし)するが、そのもとになったのはテキストをデータベース化して、徹底的な文献考証を積み重ねるという研究方法である。同年、第7回哲学奨励山崎賞受賞。
1980年代前半からは、環境倫理学に関心を移す。直接のきっかけは、ドイツの環境倫理学者ハンス・ヨナスHans Jonas(1903―1993)の論文を読んだことだった。そこから環境問題、生命問題と倫理学を接合させることが仕事の中心となる。『環境倫理学のすすめ』(1991)は一般向けの啓蒙書という体裁をとりながら、このテーマに関する大胆な取り組みを宣言したものである。やがて環境倫理学から発展して、生命科学、医療、公共政策、経済行為、マス・メディアなど広い範囲の問題を倫理的にどう基礎づけるかを具体的に探求するようになる。これを加藤は「応用倫理学」とよぶ。その後執筆された『戦争倫理学』(2003)もその一環である。
その一方、ジョークのコレクションにも意欲をみせ、『ジョーク哲学史』(1983)、『ジョークの哲学』(1987)などの著作もある。
[永江 朗 2016年8月19日]
『『ヘーゲル哲学の形成と原理――理念的なものと経験的なものの交差』(1980・未来社)』▽『加藤尚武著『バイオエシックスとは何か』(1986・未来社)』▽『加藤尚武編『ヘーゲル読本』(1987・法政大学出版局)』▽『『環境倫理学のすすめ』(1991・丸善)』▽『加藤尚武著『応用倫理学のすすめ』(1994・丸善)』▽『加藤尚武著『技術と人間の倫理』(1996・日本放送出版協会)』▽『『ジョーク哲学史』(河出文庫)』▽『『ジョークの哲学』(講談社現代新書)』▽『『戦争倫理学』(ちくま新書)』▽『エルンスト・マッハ著、廣松渉・加藤尚武編訳『認識の分析』(1966・創文社/新装改訂版・1971・法政大学出版局)』