翻訳|bioethics
生命を意味するバイオbio、と倫理を意味するethicsの合成語で、生命倫理あるいは生物倫理と訳すのが妥当であろう。内容的には、生命に関する倫理と、生物学の基本原則にたつ倫理という二様のとらえ方ができる。ここでは、主として前者について述べる。
生命に関する倫理は、これまでは「医師の倫理」あるいは「医療の倫理」とよばれていたものであるが、医療の科学技術化の発展と人権意識の高揚とが相まって、より広い立場から、生命、とくに人間の生命に対する干渉の是非を検討しなければならなくなったという背景をもっている。かつての医療者は、病人、すなわち自分の身体的な問題を自ら解決する手段をもたず、また、そのために不安に陥っていることを特質とする者からの援助の要請にこたえるため、役割上全能の救助者として行動し、それを内面から支えるのを医療の倫理と考えてきた。さらに社会的には、すべての判断や処置を患者のために行うこと、患者のプライバシーを守ることなどを基本にした倫理綱領を同業者相互で確認することによって、業務独占、あるいはほとんど無条件での信頼関係を得ていた。医療の倫理の提唱者でもあったヒポクラテスによる「ヒポクラテスの宣誓」や、世界医師会World Medical Associationが医師としての行動規範を定めた「ジュネーブ宣言」(1948)は、その代表的なものである。
しかしながら、医療が人権にかかわるものであることが認識され、さらに技術的性格が強くなったことから、一方においては患者の主体性が明らかとなり、他方では知識や技術内容の公開性が前面に出ることとなった。このため、無条件の信頼関係は、条件を明らかにしての契約関係に近づいたわけである。これまでは明文化されず、主治医の脳裏にのみあった診療についての判断や意志決定は、論理的に説明することが求められる。たとえば、行動異常のある者に対して強制的な入院、与薬、脳手術などを行うことの当否もその一つである。また、安楽死をはじめ、脳死や植物状態にある患者に対する治療継続の適否、臓器移植、体外受精、出生前診断、人体実験など、これまでの倫理学説でも意見の分かれた諸問題も深くかかわってくる。
最近は、遺伝子組換えや行動科学など、従来の医学の領域を超えた部分で開発される技術が社会的に大きな影響をもつようになってきたため、バイオエシックスの研究は、ますますその重要性を増している。アメリカでは大統領直属の委員会が設けられているほか、多くの医学や生物学の研究組織に倫理委員会が設けられ、基本的原則の検討をはじめ、個別的適用範囲とその管理といった運用面での具体化も進められている。イギリスにもほぼ同様な組織が展開され、実際に活動段階となっている。
なお、生物学の基本原則にたつ倫理という面では、分子遺伝学や動物行動学からの発言がさまざまになされているが、賛否両論あり、一定の方向をみいだすにはまだ時間がかかると思われる。
[中川米造]
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