動物心理物理学(読み)どうぶつしんりぶつりがく(英語表記)animal psychophysics

最新 心理学事典 「動物心理物理学」の解説

どうぶつしんりぶつりがく
動物心理物理学
animal psychophysics

動物精神物理学ともいう。刺激の物理量と,感覚器を通じてヒトがそれを受容したときに生じる心理量との関係を知る心理物理学(精神物理学)psychophysicsとよぶ学問領域を,ヒト以外の動物に拡張した学問領域。ブラウBlough,D.S.やステビンスStebbins,W.C.といったアメリカの比較心理学者によって創始された。心理量の測定は,言語的教示や言語的反応を利用することができるのでヒトでは比較的容易だが,動物では工夫が必要である。たとえば,長さの知覚を知りたいときには長さの弁別課題,明るさの知覚であれば明るさの弁別課題というように,測定したい次元に合わせて,当該次元に関する言語報告に代わる反応を当該動物に訓練しておくことが必要で,しばしばきわめて時間と手間を要する作業である。

【初期の研究例】 初期の研究でブラウ(1958)は,ハトの光覚閾light sense thresholdの暗順応曲線dark adaptation curveを得ている。二つの反応キーの一方に白色光が呈示されたときにはそのキーを,ないときにはもう一つのキーをつつくことによって,「光あり」「光なし」に対応する反応をするようハトを訓練した。十分な訓練の後,室内を全暗黒にしてテストした。テストでは,ハトが「光あり」という反応をすると光の強度が1段階下げられ,「光なし」という反応をすると強度が1段階上げられた。このようにすれば,光の強さは,ハトがやっと光を感知できるところを上下すると考えられる。光の強度は,全暗黒に入れた時点からの時間経過に従って,ヒトの暗順応曲線とほぼ同じように,2段階を経て,しだいに低下していった。同様の方法でブラウは,光の波長に対するハトの視感度曲線をも得ている。

 ステビンスら(1966)は,カニクイザルブタオザルの聴感度曲線を得ている。サルを保定用イスに座らせて防音室に入れ,ヘッドフォンを付けた。サルが二つの電信キーのうちの一方を押すと,時折ヘッドフォンから純音が3秒間だけ流された。この間に他方のキーを押すと,サルは報酬を手に入れることができた。音のない時に押した場合には,タイムアウトに入れられた。訓練後,種々の周波数の音を用意し,サルが正しく「音あり」という報告をすると,音の強度を下げていった。10試行の同じ強さの音に対する正反応が50%になる値を,当該周波数に対する聴覚閾とした(図1)。

 このように,言語報告に代わる適切な行動指標さえ入手できれば,刺激の操作に対する反応の変化を測定することにより,動物においても精密な感覚特性の測定が可能である。

【動物心理物理学の展開】 その後の研究は,より複雑な知覚特性の測定へと発展した。この領域は,比較知覚論comparative perceptionとよばれることも多い。比較知覚論が扱う領域は,現在ではきわめて広範なものになっており,霊長類と鳥類を中心に,多様な動物種の色覚,コントラスト感度,聴感度などの基礎的感覚特性から,種々の弁別特性,錯覚,視覚探索,物体認知,感覚間連合など,複雑な認知にまで拡張されている。以下,近年の研究事例を紹介し,多様な知覚過程が非言語的課題を用いて分析可能であることを示すとともに,知覚過程に見られる大きな種差についても述べる。

1.パターン優位性効果pattern superiority effect 図2aに示すように,右上がりの斜め線分(/)と右下がりの斜め線分(\)に同じL図形を付加すると,前者は鳥の足のような形,後者は直角三角形という新たな図形パターンができて,相互の弁別が容易になり,弁別の反応時間が短くなる。この現象はパターン優位性効果とよばれている。後藤和宏(2009)は,上記パターンの認識をヒト,チンパンジー,ハト,ハシブトガラスで比較している。四つの刺激のうち,一つだけ異なったものを選び出して触れる課題で,斜め線分だけの場合と,L図形が付加された場合を比較した。すると,ヒトとチンパンジーでは後者で反応時間が短縮し,この効果が見られたが,ハトとカラスでは逆に前者で反応時間が短く,パターン劣位性効果pattern inferiority effectが見られた。ヒトやチンパンジーでは創発的な全体的特徴を知覚し手がかりとするが,ハトやカラスでは部分的特徴の総和として図形を知覚していると考えられる。

2.全体優先効果global precedence effect 図2bの三つのパターンの中央の図形は,構成要素が同じで全体的布置が異なる左の図形よりも,構成要素は異なるが全体的布置が共通する右の図形により類似して見える。ヒトは,局所的特徴よりも全体的特徴を優先して処理する傾向をもっている。これを全体優先効果とよんでいる。

 ファゴFagot,J.ら(1998,1999)は,この効果をヒトとチンパンジーとギニアヒヒの間で比較している。動物は,複数のパターンのうち一つだけ異なったパターン(標的)をジョイスティックやタッチパネルの操作で選ぶことが求められた。パターンの組み合わせによって,局所的特徴が異なる場合と全体的形状が異なる場合があった。標的を見つけだすまでの反応時間は,ヒトでは全体的特徴が異なる場合に短くなったが,ヒヒでは逆になった。チンパンジーでは明瞭な差は見られなかった。同様の検討はハトでも行なわれているが,やはり局所的特徴が優位であった(Cavoto,K.K.,& Cook,R.G.,2001)。こうした階層的に構成された複合図形の知覚に見られる全体優先処理は,ヒトにおいて特徴的に見られる知覚的処理のように思われる。

3.錯視visual illusion さまざまな動物種で,幾何学的錯視の存在が例証されている。たとえば中村哲之らは,ハトがミュラー-リヤー錯視(図2c左)を知覚することを示した。画面中央に呈示される水平線分を,その絶対長によって,画面下部の報告キーをつつき分けて「長い」「短い」のいずれかに分類する課題を訓練した。訓練後,内向きの矢羽や外向きの矢羽を付けた刺激を時折呈示してテストした。テストではハトは「長い」「短い」のいずれをつついても報酬が得られた。テスト刺激に対するハトの「長い」という報告は,外向きの矢羽を付けた線分よりも,内向きの矢羽を付けた線分でより多く,ヒト同様の錯視が示唆された(Nakamura,N. et al.,2006)。

 しかし近年の研究では,種によって著しく異なる錯視をすることがあることも示されている。中村らは,円盤の大きさを大小に分類する課題を用いて,エビングハウス図形(図2c中央)の知覚をハトで調べている(Nakamura, et al.,2008)。するとハトの大小分類は,周囲に大きな円盤が配置されると,小さな円盤が配置された場合よりも「大きい」方にずれたのである。周囲の円盤の大きさを答えているのでないことは,別のテストで確認されている。つまりハトは,エビングハウス図形に対してヒトと正反対の錯視を経験するのである。ニワトリも同傾向であった。渡辺創太らは,ツェルナー図形(図2c右)の知覚をハトで調べている(Watanabe,S. et al.,2011)。傾きの異なる2本の線分の先端部にある間隙の狭い方(あるいは広い方)をつつく訓練を行なった後,傾きの等しい平行線分にツェルナー図形と同じような多数の短線分を付加してテストすると,たしかにつつく場所のバイアスが生じたが,その向きはヒトの錯視方向とは正反対だった。

4.アモーダル補間amodal completion 図2dに示されたようなパターンを見ると,ヒトは斜めの黒い棒の一部を白い帯が隠蔽していると知覚し,「見えない」部分を補って,黒い1本の棒を知覚する。アモーダル補間とよばれるこの働きについても,大きな種差が示唆されている。1本の棒状図形と,その中央が切れた図形を用いて見本合わせを訓練し,中央部分を帯状図形で「隠して」テストすると,霊長類ではこの曖昧図形に対して1本のつながった棒状図形を選ぶ(Fujita,K.,& Giersch,A.,2005; Sato,A.et al.,1997; Sugita,Y.,1999)。しかし,ハトはこの曖昧図形に対し,切れた方の図形を選ぶ(Ushitani,T.et al.,2001)。その後の研究でも,ハトでは繰り返しアモーダル補間に否定的な結果が得られている(Fujita,2001; Fujita & Ushitani,2005)。

 このように,動物心理物理学を継承した比較知覚論の発展は,環境情報の処理が,種によって多様な進化を遂げたことを明らかにした。おそらく知覚は,種の生活史に適したものになるよう,自然選択されてきたのであろう。ヒトの知覚も,決して究極の解なのではなく,ヒトという種の生活史に適するように調律されてきた,種の数だけある知覚様式の一つにすぎないのだと思われる。 →精神物理学 →弁別学習
〔藤田 和生〕

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