化学化石(読み)カガクカセキ(その他表記)chemical fossil

デジタル大辞泉 「化学化石」の意味・読み・例文・類語

かがく‐かせき〔クワガククワセキ〕【化学化石】

地層中に残された生物に由来する有機物の痕跡。有機物そのものが残るほか、炭素同位体比の分析などで生物由来の有機物の痕跡であることが明らかになる場合がある。地球上における生命の起源を探る上で重要な手がかりとなる。

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「化学化石」の意味・わかりやすい解説

化学化石
かがくかせき
chemical fossil

堆積(たいせき)岩や化石に含まれている有機物質が生物体から由来するものであった場合、これらの有機化合物を化学化石とよぶ。アメリカのカーネギー研究所のエーベルソンは、1954年に古生代デボン紀の魚の化石に、生息時の生体を構成していた7種のアミノ酸が含まれていることを初めて明らかにした。その後、アメリカのエグリントンG. Eglintonとカルビンは『化学化石』The Chemical Fossilという標題の著書のなかで、堆積物の中に保存されている古生物の生体から由来した有機化合物が、化学分析によって確認されたものを化学化石とよんだ。

 これまでに確認された化学化石には、安定な炭化水素ポルフィリンのほか、不安定な脂肪酸、炭水化物、タンパク質、リグニンなどの化合物がある。その地質年代は30億年以上に及び、地球上における初期生命の起源や進化を考えるために貴重な資料となっている。化学化石のことを別に「生体分子の化石」molecular fossilともいう。生物進化の過程で、分子量の小さい構造の単純な有機化合物が、分子量の大きい複雑な構造をもった化合物に発達していく過程を化学進化chemical evolutionとか分子進化molecular evolutionという。この過程はまた、地温などその地質学的環境を考えるうえで貴重な手掛りとなっている。ただし、地層が堆積したのちに二次的に染み込んだ有機化合物や、不溶性の高分子化合物の場合は化学化石とはよばれない。

 1996年にグリーンランドの38億5000万年前の鉄鉱層から発見された燐灰石に含まれる炭素の同位体組成を調べた結果、これが生物起源の炭素であることが判明した。これは最古の化学化石であり、また最古の生命の記録でもある。

[大森昌衛]

『M・カルビン著、江上不二夫ほか訳『化学進化――宇宙における生命の起原への分子進化』(1970・東京化学同人)』『原田馨著『化学進化――生命の起源の化学的基礎』(1971・共立出版)』『秋山雅彦著『よみがえる分子化石――有機地質学への招待』(1995・共立出版)』

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改訂新版 世界大百科事典 「化学化石」の意味・わかりやすい解説

化学化石 (かがくかせき)
chemical fossil

化石や地層中に残っている有機化合物。1967年,G.エグリントンとM.カルビンが命名した。化石の有機物については,すでに1954年にP.H.アーベルソンによって,デボン紀以降の各種の化石からアミノ酸が検出され,化石の研究に生化学の方法が導入できるとして,古生化学という研究分野が提唱されていた。最も安定な有機化合物は炭化水素で,炭素-炭素の結合エネルギーは66.5kcalである。このように大きな結合エネルギーのために,炭化水素がクラッキング(炭素-炭素結合の切断)によって分解し,1/2.31の量にまで減少するのに,300Kで1027年,400Kで10145年を要するという。エグリントンとカルビンは安定な炭化水素に着目し,始生代の堆積岩中の炭化水素で化学進化から生物進化への移行期を明らかにしようとした。南アフリカのオンフェルワクト層群(31億~34億年前)の堆積岩中に含まれる不溶性有機物(ケロジェンkerogen)の炭素同位体比の研究から,生命の起源がこの時期に求められるという意見もある。このケロジェンの熱分解によって各種の炭化水素が検出されている。また,グリーンランドに分布する世界最古の堆積岩(38億年前)から炭化水素が検出されたという報告もあり,それらは最古の化学化石といえよう。しかし,古い地質年代の試料になるほど,保存される有機物量は少なく,現世または地質時代における汚染の可能性が大きくなってくる。

 先カンブリア時代のような古い岩石から検出されたアミノ酸や脂肪酸のように不安定な化合物は,すべて現世の汚染であるという。しかし,チャートのように緻密(ちみつ)な岩石では,不安定なアミノ酸も安定に保存されるという研究もある。アミノ酸の汚染に関する議論では,ラセミ化反応がその根拠として使われている。この反応は温度と時間の関数であることから,数十万年以降の絶対年代や古気温の推定などに使われている。若い地質年代の試料では,汚染の可能性は小さくなり,化学化石の生化学的研究が可能になる。シベリアやアラスカで発見された凍結マンモスの場合には,コラーゲンのα1・α2鎖,ケラチン,アルブミンなどの生化学・免疫化学的な研究がなされている。しかし,例外的な保存をほこる化石にあっても,化学化石はもとの古生物がもっていた分子とまったく同一ではなく,何らかの変化をうけている。したがって,後者は古生物分子として化学化石と区別することが必要である。
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世界大百科事典(旧版)内の化学化石の言及

【化石】より

…これらの殻の詳細な構造は電子顕微鏡によって究明される。さらに,岩石中に含まれる生物起源の有機化石物などは化学化石と呼ばれる分子レベルの化石である。そのほか,擬化石と呼ばれるものがある。…

※「化学化石」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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