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十五大寺 じゅうごだいじ

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

十五大寺
じゅうごだいじ

平安時代のなかばから中世の末頃まで朝廷の尊崇を受けた 15の大寺をいう。2説があり,古説では東大寺興福寺薬師寺元興寺大安寺西大寺法隆寺 (以上南都七大寺) ,新薬師寺,本元興寺 (あるいは法華寺) ,唐招提寺四天王寺崇福寺弘福寺,東寺,西寺。その後の説では南都七大寺に新薬師寺,不退寺,法華寺,超証寺 (超昇寺) ,竜興寺,唐招提寺,宗鏡寺,弘福寺の8ヵ寺を加えている。

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デジタル大辞泉の解説

じゅうご‐だいじ〔ジフゴ‐〕【十五大寺】

奈良を中心とする15の大寺院。東大寺興福寺元興寺大安寺薬師寺西大寺法隆寺新薬師寺・太后寺・不退寺・京法華寺・超昇寺・招提寺・宗鏡寺・弘福寺(川原寺)。また、東大寺・興福寺・薬師寺・元興寺・大安寺・西大寺・法隆寺・弘福寺・新薬師寺・本元興寺・招提寺・東寺西寺四天王寺崇福寺とするなどの説がある。

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とっさの日本語便利帳の解説

十五大寺

奈良を中心とする大寺の総称。▽東大寺、興福寺、元興寺、大安寺、薬師寺、西大寺、法隆寺、新薬師寺、招提寺、本元興寺、東寺、西寺、四天王寺、崇福寺、弘福寺 ※延喜式による

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大辞林 第三版の解説

じゅうごだいじ【十五大寺】

奈良を中心とする一五の大寺の総称。「延喜式」では、東大寺・興福寺・元興寺・大安寺・薬師寺・西大寺・法隆寺・新薬師寺・招提寺・本元興寺・東寺・西寺・四天王寺・崇福寺・弘福寺を挙げる。

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世界大百科事典内の十五大寺の言及

【官寺】より

…680年(天武9)4月に蘇我氏の氏寺であった飛鳥元興寺が,当時あった二,三の国大寺とともに官寺の中に入れられ,また聖徳太子の熊凝(くまごり)寺も舒明天皇のとき百済大寺となったと伝える。奈良時代初期には四大寺,五大寺,七大寺(大安,薬師,元興,興福,法隆,東大,西大寺)と増加し,791年(延暦10)には弘福寺,四天王寺,崇福寺の3寺を加えて十大寺と定め,《延喜式》に至っては唐招提寺,東寺などを加えて十五大寺と呼ばれた。官寺すなわち大寺は国家が檀越(だんおつ)で,造建するに当たっては,造仏官,造寺司が設けられた。…

【大和国】より

…784年山背(城)国長岡京遷都によって平城京が廃されると,南大和の飛鳥地方に国府を設けていた大和国司が1国15郡を支配した。そのころ十五大寺が定まるが,これは南都七大寺(東大,興福,元興,西大,薬師,大安,法隆)に奈良の唐招提寺,新薬師寺,飛鳥の本元興寺,弘福寺(ぐふくじ)(川原(かわら)寺),京都の東寺,西寺,摂津の四天王寺,近江の崇福寺を加えたものであり(《延喜式》),これに飛鳥の両寺が加えられたのは飛鳥の復権を示している。しかし,奈良の社寺はその境内地を拡充して社寺の都の南都を出現させ,さらに社寺領荘園の設定に努めたため,国司との対立が激化した。…

※「十五大寺」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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