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西寺 さいじ

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

西寺
さいじ

平安京の九条大路,羅城門の西側 (現在の京都市南区唐橋) に建てられていた寺院。右大寺ともいう。朱雀大路をへだてて東寺 (左大寺) に対していた。延暦 13 (794) 年,平安京が造営されたとき,鎮護国家のために東西両寺を建立。東寺がその後栄えたのに対し,西寺は早く衰退し滅んだ。

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デジタル大辞泉の解説

さい‐じ【西寺】

常楽寺の通称。
京都市南区にあった寺。平安京鎮護のため、遷都とともに建立された東西二寺の一。羅城門の右に建立、右大寺とも称した。天福元年(1233)再度の火災ののち荒廃。→東寺

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世界大百科事典 第2版の解説

さいじ【西寺】

平安京の右京九条一坊(現,京都市南区)にあった官寺。羅城門をはさんで,左京の東寺と対称の位置にあり,右大寺ともいう。797年(延暦16)以前に造寺司が置かれ,造営を開始する。工事は長期間にわたり,主要伽藍(がらん)のうち金堂は820年代,講堂は832年(天長9)に成り,塔はかなり遅れて10世紀初頭に別当の聖宝(しようぼう)が建てた。西寺と東寺とは一体で造営されたが,西寺の別当や三綱(さんごう)は東寺のそれらよりも上位であり,僧綱所(そうごうしよ)が西寺に置かれ,国忌(こき)も西寺で修された事例が多いところから,西寺のほうが格はやや高かったとみられ,国家鎮護の寺として栄えた。

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大辞林 第三版の解説

さいじ【西寺】

京都市南区唐橋にあった寺。796年桓武天皇の勅により、左右両京の鎮護のために東寺とともに建立。平安中期に焼失。右大寺。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

西寺
さいじ

平安遷都のおり、平安京鎮護のために造営された東西二寺の一つ。朱雀(すざく)大路を挟んで東寺(教王護国寺)と相対し、右京九条一坊三保(京都市南区唐橋(からはし)西寺町)にあった。東寺を左大寺(さだいじ)、西寺を右大寺(うだいじ)とも称した。796年(延暦15)に藤原伊勢人(いせんど)が東西両寺の造寺長官に任命されている。823年(弘仁14)東寺は空海に託され真言(しんごん)密教の中心道場となったのに対し、西寺には守敏僧都(しゅびんそうず)が入り、官寺として発展した。とくに860年(貞観2)に文徳(もんとく)天皇の国忌が行われるなど、鎮護国家の寺として栄えた。しかし990年(正暦1)火災により焼失、荒廃。現在は旧跡を残すのみである。1959年(昭和34)以後、西寺跡は十数回にわたって発掘調査が行われ、金堂、南大門など多数の施設の遺構が確認されている。
 なお、現在唐橋平垣(ひらがき)町にある西寺は浄土宗西山(せいざん)派に属する寺で、もと西寺跡にあって西方寺と称したが、1894年(明治27)に改称して西寺の名を継承した。[大鹿実秋]

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