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千石船 せんごくぶね

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

千石船
せんごくぶね

日本の木造の巨大帆船。米 1000石を積める能力から,江戸時代に普遍化した大型荷船の俗称。本来は,その船の積石数を表わしたもの。室町時代千石船はそれにあたるが,江戸時代に入って国内海運が発展し,1000石積前後の弁才船 (弁財船とも書く) が普及すると,積石数の大小にかかわらず大型廻船と弁才船の両方の意味をもたせた千石船の呼称が定着した。

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デジタル大辞泉の解説

せんごく‐ぶね【千石船】

米千石程度を積める船。江戸時代には弁才船(べざいせん)の俗称となった。千石積み

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百科事典マイペディアの解説

千石船【せんごくぶね】

米1000石程度を積載できる大型和船をいうが,一般には18世紀中期以降全国に普及した弁才(べざい)船の俗称となり,積石数に関係なく用いられた。弁才船は室町〜戦国期に瀬戸内海を中心に発達した。

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防府市歴史用語集の解説

千石船

 江戸時代の大型和船のことをいいます。米1,000石が積めるということですが、最大の船は2,500石も積むことができました。

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世界大百科事典 第2版の解説

せんごくぶね【千石船】

江戸時代,日本の商船のほとんどすべてを占めていたベザイ船(せん)(縁起をかついで弁財(才)船の字をあてることが多い)の俗称。本来,船種や船型の名称ではなく,〈もみ米1000石(約150t)を積載できる船〉の意であるが,その語呂のよさを好まれてか,現代では和船の代名詞のように流布している。もちろん木造船で,(1)船体は厚板と横通梁(おうつうはり)だけで構成される,いわば堅固な板船で,洋式船や中国式船のように肋骨や縦通材は用いない,(2)甲板の大部分は揚板式になっていて,荷役に便利ではあるが水密性に欠ける,(3)鳥のくちばしのような巨大な船首材(舳(みよし))と,舵を抱えて反り上がった底なしの張出し船尾(外艫(そとども))をもつ,(4)四角柱の単檣(たんしよう)と,それに正中にかかる四角の単帆をもち,このため風上への航走(タッキング)は至難である,(5)天測儀の携行を禁じられていたため陸測航法によるほかなく,これが荒天時に難船,漂流の主因となるなどがおもな特徴であった。

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大辞林 第三版の解説

せんごくぶね【千石船】

米千石の重量の荷物を積み得る荷船の総称。しかし、江戸時代の大型荷船が弁財船で占められ、千石積みを大型の基準としたため、いつか積石数に関係なく弁財船の別名となった。大型船は二千石積みに及ぶ。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

千石船
せんごくぶね

もとは米1000石を積む船のことをいったが、江戸時代になると、1000石積み級の荷船をさし、とくに大型の廻船(かいせん)の呼称となった。正式には弁才船(べざいせん/べんざいぶね)とかベザイ造りとよばれ、17世紀後半に瀬戸内海で発達してきた和船で、1本の帆柱と大きな横帆をあげて帆走するのが特色。古代・中世の和船が、櫓(ろ)で漕(こ)ぐのを主とし、帆走は補助的手段であったのに対し、根本的に異なっていた。1000石積み船で帆反数が25反、乗組員15人で、これが1600石積み船では30反、20人が普通であった。江戸時代の経済の発展は、この千石船の活動によるところ大で、江戸―大坂間を頻繁に往復していた菱垣(ひがき)廻船や樽(たる)廻船、また江戸後期から明治時代にかけて北海道と瀬戸内・大坂を結んで活躍した北前船(きたまえぶね)などは、その典型的なものであった。とくに江戸後期には横風や逆風時の帆走技術も上達して、航海速力もスピードアップしていく一方、船体も前期の平均500石積みから後期には1800石積みにまで大型化し、商品流通を著しく拡大していった。[柚木 学]
『須藤利一編著『船』(1968・法政大学出版局)』

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世界大百科事典内の千石船の言及

【菱垣廻船(菱垣回船)】より

…江戸時代に,樽廻船とともに江戸・大坂間の海運の主力となり,木綿,油,酒,酢,しょうゆ,その他江戸の必要とする日用品を輸送した菱垣廻船問屋仕立ての廻船。船型としては弁才船(べざいぶね)と呼ばれる大和型帆船で,通称は千石船と呼ばれた荷船である。菱垣とは廻船の玄側の垣立(かきだつ)の下部を菱組の格子で装飾したことに由来し,一見して菱垣廻船仲間所属の船であることを特徴づけたものである。…

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