化学辞典 第2版 「原子価の理論」の解説
原子価の理論
ゲンシカノリロン
theory of valence
原子価形成の機構に関する理論.J. Dalton(ドルトン)の原子説以来,イオン結合や共有結合の形成に関する理論は,数々の変遷を経て今日に至っている.その経緯は大きく分けて,
(1)当量概念を基礎とする原子価の説,
(2)量子論の原子模型に立脚した原子価理論,
(3)量子力学を理論背景とした現存の原子価理論,
の3段階に分類できる.
(1)19世紀のはじめに提唱されたJ.J. Berzelius(ベルセリウス)の二元説によれば,分子は電気的に陽性な原子と陰性な原子との結合によってつくられる.この説ではイオン結合の説明はできるが,共有結合の説明はできない.この説に対抗してJ.B.A. Dumas(デュマ)は,一元説とよばれている基型説を唱えた.この説では,基は化学変化が起こってもその結合の型をかえないと考えている.その後,化学当量の概念が確立され,元素に固有な原子価数が明らかになるに及んで,原子は原子価の数と同じ数の結合手によって,ほかの原子と連結されるようになった.
(2)20世紀のはじめ,N.H.D. Bohr(ボーア)の原子模型が提出されると(1913年),これに立脚してコッセルの原子価理論が出された(1919年).これにより,イオン原子価の形成はよく説明された.しかし,共有結合の説明はできない.これより先,オクテット説が提唱され(1916年),イオン原子価だけでなく,共有結合の形成も一部合理的に説明できるようになった.
(3)量子力学が完成されると,同時に提出されたハイトラー-ロンドンの理論(1927年)によって,共有結合の本質がはじめて明らかになった.水素分子について出されたこの理論は,その後,多原子分子に拡張され(スレーター-ポーリング法),原子価結合法(VB法)に発展した.
一方,ほぼ時を同じくして(1928年)分子軌道法(MO法)が提唱され,VB法と並んで発展をとげ,分子の電子状態に関する大きな理論体系を形成するに至った.とくに分子軌道法は,電子計算機の発達および普及と相まって,現在では広く活用されている.
出典 森北出版「化学辞典(第2版)」化学辞典 第2版について 情報