翻訳|valence
いろいろな化合物の元素組成を調べると,ある元素の原子1個が他の元素の原子何個と結合しているかを知ることができる。このように化合物の中で結合している原子の数の比が決まっているのは,それぞれの原子が一定数の結合のための手のようなものをもっているからで,このような手の数をその原子の原子価という。水素原子1個に対し2個以上結合する原子がないので,水素原子Hの原子価を1とし,他の原子の原子価はその原子1個と結合しうる水素原子の数で決める。直接水素と化合物を作らない原子の場合には,原子価のわかっている他の原子との結合の割合から決めることができる。たとえば酸素原子は水素原子2個と過不足なく結合するので,酸素原子の原子価は2価であり,炭素原子は水素原子4個と結合してメタンCH4となり,また酸素原子2個と結合して二酸化炭素O=C=Oとなるので炭素原子の原子価は4価である。しかし各原子についてその原子価が一義的に決まっているとは限らない。たとえば一酸化炭素C=Oでは炭素原子は2価である。イオン結合するイオンの原子価はそのイオンの価数が相当する。たとえばNa⁺とCl⁻はともに1価であり,Mg2⁺,Ca2⁺,Ba2⁺などはいずれも2価である。
原子価についての理論を初めて提出したのはW.コッセル(1916)である。彼は希ガスに反応性がないことに注目し,原子の最外殻が電子で満たされた電子配置の状態が最も安定であると考えた。そのためたとえば,ナトリウム原子Naは最外殻の3s電子を1個減らしてNa⁺となり,またフッ素原子Fは最外殻に電子を1個得てF⁻となり,いずれもネオンNe(希ガス)と同じ電子配置になり安定化すると説明した。なおFeやCuのようにFe2⁺やCu⁺のほかに,d電子がとれてFe3⁺やCu2⁺ができる元素もある。このようにして生じた陽イオンと陰イオンがクーロン力で引き合ってイオン結合ができる。またG.N.ルイスとI.ラングミュアは水素分子H2のような同種原子間の結合を説明するのに,それぞれの原子が外殻電子を1個ずつ出し合い,それらが対を作り,その電子対を原子がたがいに共有してそれぞれが希ガス型の電子配置をとるという共有結合の理論を提出した。しかし原子価の本質は量子論に基づくハイトラー=ロンドンの理論(原子価結合法)により明らかにされた。結局一般には,ある原子の原子価はその原子が最外殻にもっている不対電子の数によって決まることになる。たとえば2価の原子価をもつ酸素原子の最外殻の電子配置は(2s)2(2px)2(2py)1(2pz)1であって,不対電子数は2個であり,3価としてふるまう窒素原子は(2s)2(2px)1(2py)1(2pz)1で3個の不対電子をもっている。ここに上付きの数字は各軌道に配置されている電子の数であり,不対電子は数字1で示してある。なお炭素原子の最外殻の電子配置は(2s)2(2px)1(2py)1であって,不対電子は2個であるが,(2s)2の電子対を解いて電子1個を空いている2pz軌道に移し(2s)1(2px)1(2py)1(2pz)1として不対電子を4個にし,軌道の混成を行ってから結合させるほうがエネルギー的に得になるので,炭素原子は4価としてふるまう。
執筆者:佐野 瑞香
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ある元素の原子がほかの元素の原子と結合する能力を表す数、すなわち原子量を当量で割った値である。基準には水素をとり、水素原子を1価とする。たとえば、塩化水素HClは塩素原子一つが水素原子一つと結合しているので、塩素原子の原子価は1価であり、水分子H2Oの結合からわかるように、酸素原子の原子価は2価である。同様に、窒素原子の原子価は、アンモニアNH3の結合からわかるように3価である。このようにみると、元素の周期表における族の数がそのまま原子価の値に対応するようにみえる。実際、第2周期の元素についてはおおむねこの考え方が対応する。
すべての元素は水素と直接結合するとは限らないので、そのような場合には、塩素の原子価を1価、酸素のそれを2価として、それらとの化合物の原子数の比を求め、その元素の原子価を算出する。
各元素の原子価には電気的な正負の区別をつけたほうが便利であり、元素の電気陰性度が正負の区別の目安となる。たとえば、水素原子の原子価を正の1価とすれば、酸素、塩素の原子価はそれぞれ負の2価、1価である。しかし、多くの元素は同時に正負の両原子価を示すことがある。たとえば、塩素の負原子価は塩化水素の結合から1価のみであるが、過塩素酸HClO4では塩素の原子価は正原子価7となる。このように、各元素の原子価はかならずしも一定の値をもたない。
硫黄(いおう)の場合も同様で、硫化水素H2Sから負原子価は2価であるが、正原子価は2価、4価、6価をとりうる。
原子価は原子の結合する能力であるが、原子が結合するその数のように考えてはならず、あくまでも単なる結合する割合である。しかし、炭素化合物(有機化学)を学習する際には原子価の概念がきわめて便利である。炭素の原子価を4、水素、酸素、窒素の原子価をそれぞれ1、2、3価とするとき、メタンはCH4であり、メタノール(メチルアルコールCH3OH)はメタンの水素の一つがヒドロキシ基-OHと置換したことが原子価の概念で容易に理解できるし、またメチルアミンCH3NH2はメチル基-CH3とアミノ基-NH2の結合からなることも官能基ごとの原子価を用いて容易に理解できる。
[下沢 隆]
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出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
分子のなかで,ある元素の原子が形成しうる結合の数を,その元素の原子価という.水素の原子価を一価と定める.水素と化合する元素の原子価の価数は,この原子と結合している水素原子の数と同じになる.水素と化合しない元素の原子価は,化合する相手元素の原子価から間接的に定められる.原子価は,その元素の原子量を化学当量で割った値に等しい.
出典 森北出版「化学辞典(第2版)」化学辞典 第2版について 情報
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