原子炉事故(読み)げんしろじこ

改訂新版 世界大百科事典 「原子炉事故」の意味・わかりやすい解説

原子炉事故 (げんしろじこ)

原子炉施設において,誤操作,機器故障,外乱により,保有する放射性物質が制御されずに環境に放出されること。一般に原子炉施設は他の巨大産業施設と同様,多量の有害物質を内包するので,施設の大規模な損壊を仮定すれば大きな被害の発生する可能性がある。原子炉施設の場合,その被害の形態核兵器と同じ放射線被曝であるという点に特徴がある。原子炉施設はこのこともあって,一般に設備に故障が生じても公衆の健康に重大な影響を与えないように事前評価を行ってから設計されるので,一般産業でいうように人身や財産の損害を伴う事態のみを事故とすれば,そうした事態の発生頻度がきわめて小さいことも特徴である。

 原子炉施設の安全性の事前評価において安全施設の設計の妥当性を評価するために想定されている事故は,例えば軽水炉については表1のようである。これ以外に,原子炉施設の立地の妥当性を判断するために,技術的に起こるとは考えられないほど過大な放射性物質の放出を仮定した事故についても,そのもたらす放射線被曝が解析される。この事故を仮想事故という。事故の原因となる故障の発生状況は国によって異なるが,日本の例では原子炉当り1年に1回程度の頻度で発生しており,その発生部位は表2,その原因は表3のようになっている。

 実際に発生した例をみると以下のようである。(1)燃料溶融事故 原子力開発の初期段階にアメリカの研究炉において,原子炉内にフィルムや板などを置き忘れたために発生している事例が多い。代表例はETRにおいて1961年に水中透視用のアクリル箱が残されたまま運転して燃料溶融に至った事例である。この種の事故は各炉で品質や工程管理体制が確立するにしたがい発生頻度が減ってきており,エンリコ・フェルミ炉で炉心下部の構造物がはがれて炉心への冷却材流入を妨げた結果生じた燃料溶融事故(1966)や,ETRで68年に今度はフィルムを置き忘れたために生じた燃料溶融事故以来,その報告はない。次に人的要因によって発生したものでは,古くはEBR-Iで実験中にあまりに冷却材流量をしぼりすぎて炉心出力の振動が過大になり燃料破損を招いた例,カナダのNRX炉で制御系の空気弁の誤操作や制御室と作業現場の連絡ミスが重なり燃料の大量溶融を招いた事例(1952),イギリスのウィンズケール炉でウィグナーエネルギー放出(黒鉛)作業中に加熱速度を過大にしたため燃料溶融に至った例(1957),アメリカのSL-1炉で補修作業中の作業員が制御棒を引き抜いて即発臨界に至らしめた事例(1961)がある。その後これらの経験を基に制御棒の反応度の制限,制御室との連絡通報体制に改良が加えられた結果,人間が直接関与した燃料溶融はなくなったが,79年にアメリカのスリー・マイル・アイランド発電所で,運転員が異常によるプラント停止作業中に一次系の逃し弁が開固着したのに気づかず通常の停止操作に入り,炉心冷却系ならびに補給水系を停止してしまい,燃料の大規模な損傷を招いた事例が発生している。このうち,ウィンズケール炉の事故では放射性ヨウ素が2万5000キュリー(1キュリー=3.7×1010Bq)放出され,200平方マイル内の牛乳の出荷が停止され,14名の運転員が3レム(1レム=0.01Sv)以上被曝しており,歴史上最大の被害を出した事故といえよう。スリー・マイル・アイランド発電所の事故では,放射性希ガスが250万キュリー,ヨウ素が15キュリー放出されたが,公衆の被曝は最大で100ミリレム,集団線量で約3300人レムで,有意な健康障害は発生しないだろうとされている。ただし,事態の進展中の防災関係者とプラントの間の連絡の悪さと関係者の誤判断が重なって公衆に退避を勧告したので,その結果公衆に強い心理的ストレスを与えたことが指摘されている。(2)炉心溶融に至らない事故 1975年にアメリカのブラウンズフェリー炉で発生した火災事故が最悪といえよう。この事故は,補修作業中に使用していたろうそくの火が配線に燃え移り広がったもので,配線の損傷から制御系が使用できない事態に至ったものである。

 なお86年4月にソ連,ウクライナ共和国のチェルノブイリ原子力発電所4号炉で,世界の原子力開発史上最悪の事故が発生した。事故炉はソ連が独自に開発したRBMK型(黒鉛減速軽水冷却炉沸騰水型)であった。定期点検で出力を停止する途中で,ある種の実験を行おうとした際に原子炉が暴走を起こした。この結果燃料が溶融し,大量の蒸気が急激に発生して爆発し,さらに水素爆発が起き,原子炉が破壊され大量の放射性物質が放出された。事故の原因は,ソ連政府によれば緊急停止装置を外すなど重大な安全規則違反を重ねたことによる人為的ミスとされるが,RBMK型炉の構造的欠陥も指摘されている。希ガスを除き約5000万キュリーが放出されヨーロッパ各地を汚染し,一部は日本にも達した。この事故で31人が直後に死亡,周辺30kmの住民約13万5000人が退避した。炉は厚さ1m以上のコンクリートで密閉された(〈チェルノブイリ原発事故〉の項参照)。

 〈大事故の発生する可能性はどれほどか〉という観点はリスク解析として知られている。この立場から,事故の発生するシナリオをシステマティックに拾いあげ,そのおのおののシナリオが実現する確率とそのもたらす被害を解析した研究の代表例はラスムッセン報告である。この報告では被害の発生経過を図のように認識し,安全性工学の手法を使って各シナリオの発生確率を求めている。その結果,100基の原子力発電所を有するアメリカ社会における原子力発電所による危険度は,例えば死者100人の事故は年間10万分の1の件数で起こることになっている。ただし,これでは遺伝的影響による死亡を含んでいない。この結果に対して多くの批判が提出されたが,スリー・マイル・アイランド発電所事故のシナリオも予測されていたことから理解が進み,不確定性が大きいことを念頭において利用すればリスク解析は原子炉安全性の諸判断に有益な示唆が得られると認識されつつある。
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出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報

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