放射線被曝(読み)ほうしゃせんひばく(その他表記)radiation exposure

改訂新版 世界大百科事典 「放射線被曝」の意味・わかりやすい解説

放射線被曝 (ほうしゃせんひばく)
radiation exposure

放射線を受けること。人体が放射線に被曝すると,線量が高い場合には放射線障害が引き起こされ,低い場合でもその線量に応じて放射線障害発生の確率が増える。したがって,放射線防護のためには放射線被曝線量を低く保つことが最もたいせつである。

 放射線被曝にはいろいろな種類があり,それらは種々の観点から分類できる。まず放射線源が体外にあるか体内にあるかによって,体外被曝と体内被曝とに分けられる。宇宙線や診断のためのX線の被曝は体外被曝の例である。体外被曝の防護のためには,線源から遠ざかるか線源と身体との間に鉛板などの適切な遮へいを設ければよい。これに対し,放射性物質を体内に吸入したり経口摂取することによって生ずる体内被曝の場合は,それによる被曝を免れることはもちろん,低減することもむずかしく,放射性物質が体外に排泄されるか物理的に放射能が減衰してしまうまで被曝が続く。このように被曝が将来に続くことから,ある放射性物質の摂取に伴うその後の50年間の被曝線量を預託線量という。被曝線量の評価も体外被曝と体内被曝とでは大きく異なる。体外被曝では個人モニターなどの測定器により直接的に評価できるのに対し,体内被曝では体内の放射性物質量を測定した上で,それの体内挙動を推定し,線量を計算する。体内挙動の推定が困難な場合は標準人reference manのデータを用いて計算する。標準人とは国際放射線防護委員会が放射線防護に用いるために設定した人体モデルで,各種臓器質量,臓器の元素組成,各種元素の日々の摂取量と排泄量など,体内被曝線量の計算に用いる全パラメーターが規定されている。

 次に被曝する人体の部位に着目すると,全身被曝と局所被曝とに分けられる。全身被曝は宇宙線による被曝が典型的であり,γ線や中性子線のように透過力の強い放射線源が遠方にある場合,あるいはトリチウム水による被曝のように,体内に取り込んだ放射性物質が体内で均等に分布する場合の被曝である。これに対し,透過力の弱い線源では皮膚の一部や指先などの局所を被曝し,X線診断では検査部位を中心に被曝,また体内に取り込んだ放射性ヨウ素が甲状腺に沈着するように,放射性物質が体内に不均等に分布すれば被曝も不均等になり,これらが局所被曝,部分被曝,不均等被曝の例である。ただし,これらの間に厳密な境界はない。高線量を被曝する場合,部分被曝よりは全身被曝の方が,また部分被曝なら手足の被曝よりも重要な臓器のある体幹部の被曝の方が,障害は重篤になる。

 被曝の時間に着目すれば,急性(短時間)被曝と慢性(長時間)被曝とに分けられる。前者は事故時の被曝あるいは治療のための放射線照射の際の患部の被曝であり,短時間に大線量を被曝する。後者は,たとえば職業上の被曝のように数年にわたって少量ずつを被曝する様式である。この場合も両者の間に明確な境界はない。急性被曝慢性被曝かは放射線障害と深い関係があり,急性被曝では致命的になるような線量でも,それを長期間にわたって受ける場合は現れる障害はずっと軽くなる。

 さらに被曝する放射線の量によって高線量被曝と低線量被曝とに分けることがある。一般に100rad以上の致死線量を高線量といい,それ以下で数十rad以上の皮膚や血液像に急性の影響が認められる被曝を中等量被曝,確率的影響しか予想できないレベルの被曝を低線量被曝とするが,ここでも明確な区分はない。放射線の種類によりγ線被曝,X線被曝,中性子線被曝,β線被曝,α線被曝がある。放射線の透過力などに違いがあり,それぞれ特徴的な被曝様式となる。

 一方,放射線障害が胎生期であったり,乳幼児期の場合は,その後の影響が大きいことから,胎内被曝や乳幼児被曝として特別に扱われる。胎内被曝(子宮内被曝ともいう)は胚芽や胎児では放射線感受性が強く,奇形や先天異常の頻度が高くなることから重視されている。乳幼児被曝は,単にこの時期の体外被曝だけでなく,環境中に放出された放射性ヨウ素を含んだミルクを乳幼児が大量に消費するという栄養上の特殊性からも注目されている。

 人類の放射線被曝の実態は,自然放射線被曝,核実験による被曝,原子力発電に伴う被曝,医療被曝職業被曝に分けて考えるのが通例である。自然放射線,核実験,原子力発電などでの被曝については,〈環境放射線〉の項目を参照されたい。医療被曝とは患者が診断と治療のために受けるものである。線量は患者により大きく異なるが,日本を含め医療水準の高い国では国民1人当り平均値として年間100mremのオーダーであろうと推定されている。職業被曝とは病院の放射線技師や原子力発電所で働く人々の職業上の被曝である。個人差が大きいが,かりに国民1人当り平均で表せば1mrem以下であろうと推定されている。
環境放射線 →放射線管理 →放射線障害 →放射線防護
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日本大百科全書(ニッポニカ) 「放射線被曝」の意味・わかりやすい解説

放射線被曝
ほうしゃせんひばく

物質中に電離を起こす電離放射線が人体に当たることをさす。

 放射線被曝(ひばく)の形態を分類すると、外部被曝、体表面汚染、内部被曝の3種類がある。

 外部被曝は、放射線源が体の外にあり、体外から放射線を受ける状態である。透過力の強い放射線ほど深部臓器にまで影響を及ぼすが、透過力の弱いものでは、おもに皮膚および皮下組織といった浅い部分への影響にとどまる。たとえばエネルギーの低いα(アルファ)線は、皮膚の基底細胞等の細胞に達しないため、外からの被曝は人体に影響を与えない。外部被曝は、大まかに全身被曝と局所被曝に分けられる。全身被曝の場合でも、ほとんどの場合、多く被曝する部位と相対的に少なく被曝する部位があり、不均等被曝となる。

 体表面汚染は、人体の表面に放射性物質が付着した状態で、放置すると皮膚を中心に被曝が続く。またそこから汚染が拡大する危険性もある。このため除染が必要である。

 内部被曝は、体の中に放射性物質が入り込んだ状態で、そこから出てくる放射線で被曝が続く。取り込まれた放射性物質の体内での動き方(挙動)によって影響や症状が変わり、特定の臓器に集積すると、その臓器による症状が中心となって現れる。たとえば、放射性ヨウ素は甲状腺(せん)に集積し、線量が多い場合、甲状腺がんの発症を増加させる。体内に入った放射性物質は、物理学的に崩壊して時間とともに量を減らしていく。さらに、代謝によって体外に排泄(はいせつ)されていく。このため、体内の放射性物質の量は、新たな取込みがなければ、時間とともに減っていく。

 また放射線被曝は、時間経過により急性被曝と慢性被曝に分けられる。一般に、同じ被曝線量であれば、ゆっくり被曝する慢性被曝のほうが生体に対する影響が小さい。

 被曝には、線源の種類によって、自然放射線源によるものと人工線源によるものがある。人々は普通に日常生活を送っていても、宇宙から届く宇宙線、食物中の放射性物質や、大地、地中から出てくるラドンガス等の自然放射線源によりある程度被曝している。また、国際放射線防護委員会(ICRP)は、人工線源による被曝を公衆被曝、職業被曝、医療被曝に分類している。

[立﨑英夫 2021年11月17日]

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「放射線被曝」の意味・わかりやすい解説

放射線被曝
ほうしゃせんひばく
radiation exposure

放射線の照射を受けること。体外の放射線源からの被曝を外部被曝と呼び,透過力の強い高エネルギーのβ線,X線,γ線,中性子線などが問題となる。一方,飲食物や大気,傷口の汚染などによって体内に取り込まれて沈着した放射性物質による被曝を,内部被曝という。たとえば骨に沈着しやすいストロンチウム 90は,骨髄でつくられる白血球を通して体内の各所に影響を及ぼす。ほかに全身被曝と部分被曝,急性被曝と慢性被曝などの区別がある。

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百科事典マイペディア 「放射線被曝」の意味・わかりやすい解説

放射線被曝【ほうしゃせんひばく】

被曝

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世界大百科事典(旧版)内の放射線被曝の言及

【原子爆弾症】より

… 原子爆弾被爆による障害が他の爆弾被爆と最も様相を異にするのは,放射線による障害が熱傷,外傷に組み合わさっている点にある。爆心地においては,広島では中性子線量約1万4000ラド(1ラド=0.01グレイ),γ線量約1万ラド,長崎では中性子線量約4000ラド,γ線量2万5000ラドの放射線被曝を受け,爆心地から1.0kmでは,広島で中性子線量192ラド,γ線量256ラド,長崎で中性子線量36ラド,γ線量889ラド,2.0kmの距離では,広島で中性子線量0.5ラド,γ線量1.9ラド,長崎で中性子線量0.1ラド,γ線量18ラドの被曝を受けたものと推定されている。ただし,この推定線量に関しては,最近,アメリカにおけるコンピューターによるシミュレーションの結果,広島で,中性子線量が従来の推定値より1/6以下で,γ線量は逆に1.5~4倍高いのではないかとの疑問が出され,現在,再検討が行われつつある。…

※「放射線被曝」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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