反核運動
はんかくうんどう
anti-nuclear movement
出典 旺文社世界史事典 三訂版旺文社世界史事典 三訂版について 情報
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反核運動
はんかくうんどう
anti-nuclear movements
核兵器に反対し,その廃絶を求める市民運動。端緒は 1949年4月にパリとプラハで開かれた第1回平和擁護世界大会にまでさかのぼる。翌年3月に同大会常任委員会は,核兵器の無条件禁止を求めるストックホルム宣言を出した。 80年代初頭に,中距離核ミサイルの配備をめぐりヨーロッパで数十万人単位の反対運動が起こり,日本やアメリカの反核運動にも多大の影響を及ぼした。 87年末に INF全廃条約が成立したことは,これら一連の運動の成果といえよう。また,86年のチェルノブイリ原発事故をきっかけに,現在では国際的な反原発運動が展開されていることも注目すべきであろう。
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
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出典 山川出版社「山川 世界史小辞典 改訂新版」山川 世界史小辞典 改訂新版について 情報
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世界大百科事典(旧版)内の反核運動の言及
【原水爆禁止運動】より
…翌78年からは,核禁会議は原子力の平和利用をめぐる意見の対立からふたたび脱落したが,日本原水協,原水禁国民会議に市民団体を加えた統一大会の開催は定着し,78年の第1回国連軍縮特別総会に続いて,82年の第2回総会にも統一代表団を派遣した。 こうしたなかで,1981年秋からレーガン・アメリカ大統領の限定核戦争論やNATOへの戦域核配備などによってヨーロッパ,アメリカなどで新たな反核運動が起こったのを受けて,国内でも,既成の原水爆禁止運動とは別に82年には3・21広島反核集会,5・23反核東京行動,10・24反核大阪集会などの草の根反核運動が盛り上がり,原水爆禁止運動全体も新しい転機を迎えている。これらの集会や行動に参加した19万~50万の人たちの大部分は,日本原水協,原水禁国民会議の組織には所属しない一般市民であり,これらの動きによっては,今後,さらに日本の原水爆禁止運動は新たな展開を迎える可能性をはらんでいるといえよう。…
※「反核運動」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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