改訂新版 世界大百科事典 「反科学」の意味・わかりやすい解説
反科学 (はんかがく)
anti-science
反科学とは,こんにち科学的とみなされている数量的・実証的な,対象(自然,社会,人間)への接近方法が,真理に到達できる唯一絶対の方法である,という考え方に異議を唱える思想全般を指す言葉である。ただし実際には反科学という言葉は,ずっと多義的に使われている。その理由は,反対語にあたる科学が,やはり多義的に用いられてきたことにある。みずからの世界観や価値観を〈科学的〉と銘打つことにより,他の世界観や価値観よりも優位にあることを主張してきた人々は,枚挙にいとまがない。そのような現象がしばしば起こる思想的背景として,現代において科学がプラスの価値をもつと広く信じられていることが挙げられる。みずからの思想を〈科学的〉とみなす人々は,それに背反する思想に対し,非難の含蓄をこめて,反科学というレッテルをはりつけてきた。たとえば工業生産における合理主義・能率主義を至上価値とみなす人々は,ストライキをふくむ労働者の抵抗を,しばしば反科学であるとして非難してきた。このように反科学という言葉は手あかにまみれているが,本来は科学的方法(数量的・実証的方法)の絶対化に反対する思想,科学的方法の絶対化により抑圧されてきた感性的・体験的・直観的認識の復権をめざす思想,を指す。それは科学的方法の全面否定ではなく,相対化をめざす思想である。
1960年代末,現代科学に対するあらゆる角度からの批判がいっせいに噴出したが,そのなかで反科学の思想も再評価された。その代表的思想家は,対抗文化countercultureを唱えたアメリカのローザクTheodore Roszak(1933- )である。日本では生物学者の柴谷篤弘が独自の〈反科学〉を提唱し,話題を呼んだ。柴谷は現存する科学を,職業専門家による独占のもとで,科学者以外の人々から隔離された形で,可能な最大速度で知識を生産していく自己増殖的な営みとして理解し,それを可能とするのが科学的方法であると考えた。このように柴谷は,現存する科学が不偏不党の知的営為でなく,特殊な党派性を帯びたものとしてとらえた。そしてそれに対抗する別の党派性をあらわすものとして〈反科学〉を唱えた。それは,科学者と科学者以外の人々との共同の体験にもとづいて共同の認識をめざす知的営為であり,科学者個人にとっては,科学者としての認識関心と,人間としてのそれとが一体化するような知的営為である。そして認識の方法としては,直観と経験にもとづく非言語的認識が重視される。
→科学
執筆者:吉岡 斉
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報